妙に金払いの良い仕事だとは思ったんだ。


「……無理っしょこれ。」
鎌の柄に体重を預け、遠い目で笑うゲイシーをゲインは一瞥もしなかった。
「いいから仕事しろよ。ぐだぐだうるせーな。」
「マジで言ってんのゲロちゃん。俺まだ死にたくねーんだけどー。」
「知るかよ。大体まだ傷一つ喰らってねぇクセによく言う。」
「そーなんだけどぉー、なんてゆーかこれは俺の…」
ひゅっと風が唸る。次の瞬間には相手の首間近でゲイシーが鎌を振り被っていた。
「勘?」


がぎんッ、と金属質な音が鳴る。
淡く光を纏った銃が鎌を受け止めていた。その向こうで標的の男がにやりと笑い。
もう一挺をサングラスへ向けると景気よくブッ放した。

すんでのところで避けきったゲイシーは全力で後ろへ跳び離れた。
逃げ足には自信がある。だが驚いた事に相手がこちらへ間合いを詰めてきた。おいおい、アンタ銃使いだろ。なんで突っ込んで来るんだよ訳わかんねぇよ。
普段なら近接に持ち込めれば好都合。けれどどうにも今回は嫌な感じがぬぐえない。ゲイシーは距離を保ったまま鎌を振り、鎌鼬を相手に浴びせた。
鋭い風は相手の肌を容赦なく切り裂くが、
ぎょっ、とサングラス越しに目を瞠った。一瞬たりとも怯まないのだ。まるで痛みなど感じていないように。しかしそんな事に驚いている暇はなかった。やばっと思った時には銃口二つと目が合って。

轟く爆発音。
反動で宙を舞った撃ち手が、とんっと着地した。
「…終わりかァ?いや、まだだろ。アンタしぶとそうだもんなァ。」
読みは的確だった。土煙が薄くなってくると、瓦礫の山と化した一角からゲイシーが身を起こした。げほっ、と一つむせる。
それを見て男はますます笑みを濃くした。
「動けるみてーだな。安心したぜ、まだまだこんなもんじゃ物足りねぇからなァ。」
「…正気かよアンタ。」
「正気?知らねーよそんなもん。犬にでも喰わせとけ。」
ゲイシーの攻撃は確かに当たっていて、露出した肩や首からは結構な量の血が流れていた。ゲインの攻撃がかすった足も、皮膚が飛び散り肉と血を滴らせている。
だというのにこの男は、そんな事構いもせずに笑っている。怯みも怯えもせずに突っ込んでくる。男の背後を月が照らし、逆光のシルエットが爛々と笑んだ。
「ほら立てよ!俺の首が欲しいんだろォ!?いいぜェ来いよ!まとめて綺麗に撃ち殺してやっからよ!ひゃーーっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」
本日の殺害標的・ラグナ。…正真正銘の戦闘狂<バトルジャンキー>、だ。
冷や汗がゲイシーの背を伝う。嫌な予感は当たっていた。こういう手合いは、苦手だ。

たっと地を蹴ってラグナが迫ってくる。迎えるゲイシーも構えを取り鎌を振るった。放たれた弾が切り裂かれ爆発する。濃い土煙が視界を奪った。
その隙に距離を取ろうとする、がその間も迫る銃弾、迫るラグナ。たたっと二人分の靴音が、交わる事なく煙の中を駆けていく。
「〜〜〜だァからこういう奴無理だって俺言っただ、ろ!」
ぶんっと鎌を振り回す。器用に宙へ飛び避けたラグナの、腕を狙って下から斬りあげる。かぁんと高い音が響いた。思わず空を見た二人は、弾かれて高く飛んだ銃を目撃する。
先に我に返ったのはゲイシーだった。がら開いた胴を狙って横薙ぎ一閃。
しかしそれは叶わなかった。
銃を飛ばされ空いた右手が、ゲイシーの腕をがっと掴んだからだ。
「―――――ッ!?」
思わず、硬直した。全身が粟立ち、神経が凍る。
それは大きな隙だった。額に銃口で口づけられる程の。
「…あーばよ。」
冷たい銃口が、熱を持つ。

だぁんッ、と音をたてて火を噴いた。
但し弾は明後日の方向に。背中を袈裟斬りされれば狙いが逸れて当然だ。
「…ッ!?」
驚いて振り向いた背後では、赤いスコープ越しの瞳が冷徹に。
「――ッの野郎!!」
すぐさま狙いを変えてゲインへと乱射した。ゲインもゲイシー同様後ろ跳びに距離を取るが、ゲイシーより格段に遅い。あっという間に距離を詰めた。
「喰らいなァ!!」
拳銃がびたりとゲインへ向く。その脳天めがけてブッ放した。

もうもうと立ちこめる土煙が二人を覆う。けれどラグナは感じていた。確かに撃ち抜いた手応えを。
土煙が薄らぐよりも早く、
がッ、とラグナは左腕を掴まれた。土煙から伸びてきた手に。
「!?」
ようやく晴れてきた視界で視認できたのは、右手でラグナの腕を押さえるゲインだった。表情は先程と全く変わらないが、左腕の根元には派手な風穴が空いている。
目を瞠ったその一瞬が命取りだった。そう、先刻のゲイシーのように。

「――そりゃこっちの台詞だ。」

捕われたラグナの背後では、ゲイシーが鎌を振りあげていた。



「…ッい…ってー…。」
ぼたぼたぼた。もはやラグナの周辺は血の海だ。さすがに身体をふらつかせてはいるが、まだ膝はつかないようだ。
「ほー。痛覚が無い訳じゃねーのな。」
「ったりめーだろ…あーくっそやられた。やってくれんじゃねェかよォ、なァおい!」
それでも楽しそうに笑って見せるのだから、手に負えない。
赤黒く染まったチェーンソーを構えながら、ゲインは溜息をついた。
「頭のネジはほとんど無ぇみたいだな…。」
「だーろー?やっぱヤバいってコイツ、俺こーいうのきらぁい。」
いつのまにかゲインの傍らにゲイシーが立っている。ゲインはまたも一瞥しようともしなかった。
「まだいたのかよ。とっくに逃げたかと思った。」
「えーだってコイツ無理だけど店長にのされる方がもっと無理だし?」
「ここで死んどけば店長にのされずに済むんじゃね?」
「ゲロちゃんこそそのまま腕腐って死ぬんでないの?」
本日の標的は、尚も戦る気満々だ。赤いサングラスとスコープが、それを見据えた。

「…ぜってーやだ。」
「同感。」
たっと地を蹴る音は、コンマ1秒のズレもなかった。




Dual wield, Dual edge


(いやだから店長マジ聞いてホント相討ちだったんですってほとんど息の根止める寸前ぐらいまでは追いこめたしあの時の俺の活躍ときたら)
(で、失敗したんだね?)

fin.