アタシのジャマ、しないでくれる?


笑んだ彼がそう一言、その一瞬で世界は激変した。
ラグナの周囲からわっと蔦が湧き上がり、四肢を縛りあげてしまった。
「ッ!?くそ…ッ!」
引きちぎろう、とするもそれは叶わなかった。千切れるどころかびくともしない。その間にも蔦は本数を増し、気付けば腕をほとんど覆い尽そうとしていた。それを見てしまったラグナが一瞬硬直する。その一瞬で蔦は腕を引き、磔のような格好を取らせた。
もはや指一本動かせない。ぎちぎちに縛られた指先から、銃が落ちた。
「ッの野郎…!」
「やぁだ、そんな熱烈に見つめないで頂戴?」
ラグナの凶眼を気にも留めず、彼はけらけら笑っていた。やがて細めた目を薄く開け、呟く。
「―――欲しいのはアナタの視線じゃないの、よ。」
それに呼応するように、蔦が一斉に発光した。蒼色の鈍い光。
一拍遅れてラグナが目を見開いた。
「――――ッ!!」
ぞぞぞぞぞぞっ、と全身が鳥肌立った。
痛みはない。けれど何かが体内を弄る感触がした。身体の中から何かを"吸い取られる"ような感触が。…それを証明するように、指先が力なくがくりと落ちた。
「…ッ、」
はぁッ、と荒い息が零れた。身体が重い。睨みつけた先では彼が静かに微笑んでいた。
「何、しやがった…?」
「植物だもの、養分を吸っているだけよ。」
「ヨーブン…?」
回らない頭が言葉を咀嚼しきれない。その無様さをけらけらと笑った。
「うふふ、おバカさんなのも困ったものねぇ。そーねぇ…わかりやすく言うと、」
彼はおもむろに両腕を広げ、右の眼を妖しく光らせた。
「タマシイ、ってとこかしら!」
蔦が先刻より強く光る。蒼い光の洪水にラグナは呑まれた。
「―――ッッあ゛あああああああああ!!!」
全ての神経が逆立った。毛羽立つ程に鳥肌が立った。
吸われる、吸われる、吸われていく。自分の身体の中身が、蕩かされ貪られるおぞましい感触。
やがて光が引いていった。吸われる感触からも解放され、安堵の息をつきかけた時に。
再び蔦は発光し、同じものにまた襲われた。
「ッうああ!?うあっ、あぁああああ…!!!」
脊髄が焼かれるようだった。まとわりつくような鈍い痛みが気持ち悪い。今すぐ振り払ってしまいたい気持ち悪さなのに動けない。
引いては、光り。引いては、光り。悪意に満ちた明滅を、見つめる彼は笑顔だった。
力の入らない膝は崩れそうだ。蔦に吊るされているから、なんとか立てているだけ。
あれだけ暴れていた腕も力なく吊るされている。
「…ッは……う…ああ…ッ」
頭が重い。酷く、重い。ぐらりぐらりと視界が歪む。
叫ぶ気力すら蔦は吸い尽した。それでも尚貪欲な蔦に、虚ろな呻きが零れる。
畜生。畜、生。
歪んだ視界の奥にある、赤い影をラグナは睨んだ。虚脱しきった腕で無理矢理もがいた。意地だけがラグナを動かした。ふざけるな。やられっぱなしで、たまるか。
「そろそろかしらね。」
だが。彼はラグナの様子など意にも介さず、事務的に告げた。
「…終わりましょ。」

蔦がさらにラグナを覆う。
その全てが一斉に、発光した。

「―――――……ッ!!!」
空を仰ぎ、吠えるように大口が開くが、もう声は出ない。
そしてとうとう力尽きたように。
貌から生気が抜けた。口は半開きとなり、一瞬ふっと瞠る目。それも束の間。光の無い目へ瞼が落ちる、眠りに落ちる。
がくり、と。
頭が落ちた。揺れるピアスが、無機質に音をたてた。



Nourishment


fin.