からっからに乾いた風。
短い犬っ毛の黒髪と、二つ結びの茶髪を揺らす。程高くないビルの上、二人の人間が立っていた。
見下ろすのは向かいの高層ビル。その入口に黒光りする車が停まる。
護衛らしき男が降り、続いて仕立てのいいスーツの男が降り、次いで、もう一人。
針のように細いピンヒールがかつんと鳴った。そこから伸びるのは折れそうに細い美脚。脚をぎりぎりまで見せる丈のワンピースに、身体のラインを損なわないグレーのスーツジャケット。
何より印象的なのは、癖の強いウェービーなロングヘア。
燦然と輝く銀のロングヘアが、印象的な女性だった。

「…みぃつけた!あれかな?ねぇねぇレイド、あれかな?」
「よぉバイジャ、アレで間違いねぇな?」
茶髪の少女がぴょんぴょん跳ねる傍らで、黒髪の男がスマートホンに女を映した。画面いっぱいに映る女。それを確認した通信先の、男の返事は耳に挿した無線インカムへ。
『…確認した。ターゲット『ぺルナ』。彼女で間違いない。』
「だとよ。」
「やったー!!ターゲット!ターゲットー!」
『おい、はしゃぐなエレジア。ターゲットは所有者の男と共に多くの護衛に護られている。十分に気をつけろ。』
「色違いの護衛、ねぇ…。」
に、と二人が笑みを濃くした。
黒髪の男…レイド。牙を模した両耳のピアスが、赤色に発光し。
茶髪の少女…エレジア。スカーフを束ねる飾り石が、緑色に発光する。
「そのゴミ、残らず始末していいんだろ?」

無線は返事をしない。二人は知っていた。それは、肯定の沈黙だと。
「―――任務、開始。」
「「了解!」」
たんっと地を蹴り飛びこむ空。二人の背を押すように、風が吹いた。



がしゃあんッ、と音をたてて黒塗りの車がへこむ。
何事かと振り向いた護衛達は、瞬く間にずたずたの肉片となった。
「…ッ!?」
残った護衛が銃を向けるも、次の瞬間には腕が引きちぎれ宙を飛んだ。黒い毛皮と大きな爪を纏った異形の両腕。変異させたレイドの両腕が、縦横無尽に暴れ回る。
「ひ…ッ!?なっ、なんだコイツは!?殺せ!とっととソイツを殺せ!!」
「社長、ペルナ様!こちらに退避なさってください!」
「にがさないよ?」
護衛と女、青い顔で喚く男。後ずさったその背後でエレジアがにっこり微笑んだ。
「だってあたしたち、みーんな倒しにきたんだもん!」
エレジアの二つ結びがぴょんと跳ね、無数の髪を三人へ飛ばした。針と化した髪を浴びた護衛は、一拍止まり膝から崩れ落ちる。
「ッこのガキ…!」
別の護衛がエレジアへ銃を撃った。だぁんッ、と被弾したのはアスファルト。少女は空を飛ぶように、バック転で軽く避けていた。
避けた先の壁を蹴り、車を蹴り、弾より速く跳ねまわる。宙空を跳んだ彼女を皆が見上げる一瞬のモーション。彼女にしてみれば牛の歩みより遅かった。
「おっ、そーーーい!」
くるんっと宙で一回転。全方位に飛び散る髪針が、護衛達を残らず仕留めた。
「ひぃ…ッ!ば、バケモノ!バケモノ…!」
「てめーが言えたクチかぁ?」
一人残されたのは丸腰の男。その頭を後ろからレイドがわしづかむ。
「バケモノ飼って悦んでた野郎がよ。」
男が一層震えあがった。唯一動かせる眼球で、辛うじてレイドを振り返る。
「飼うだと…ペルナの事か…!?」
震えあがって尚、その眼には軽蔑と見下しが色濃く映った。
「馬鹿言えアレは、『色違い』は選ばれた者しか持てん高尚な品種だ!貴様らのような雑種など、百匹いたって釣り合わん値打ちがあるんだぞ…!!」
レイドの口元から一瞬笑みが消える。赤い目をすうと細め、せせら笑うように口元を歪めた。
「そーかよ。」
くしゃっ。柔らかい音で手の中を握りつぶす。荒く腕を振るい、ついた血を払った。
「…訂正。テメェの方がバケモノだわ。胸糞悪ぃったらありゃしねぇ、な!!」
だんッ、と首無し死体を踏みつぶした。
「ひう。レイドおこりんぼさんだー。めーだよ、めー。」
丁度着地したエレジアが、むぅと唇を尖らせる。
「だってアルがねー、色違いなんかにおこったらもったいないって言ってたy

少女の言葉が途切れた。
横薙ぎに入れられた蹴りが、少女の身体を彼方へ吹っ飛ばしたからだ。
ゴミのように地へ転がるエレジア。目を瞠るレイド。
細脚に青い炎を纏わせ、女…ペルナが、二人を睨んだ。

「…はッ…バッカみたい。」
艶やかなルージュが、歪に吊りあがった。
「噂には聞いてるけど、まさかホントに居るとは思わなかったわ。『オリジン』だっけ?色違い<アタシら>を襲って回るカルト集団って奴。」
「カルトたぁご挨拶だな。」
「だってカルトでしょ!?ただ色違いってだけでいきなり襲ってくるんだもの、頭イかれてるわよ!!」
ヒステリックな声がきんきん響く。眉をしかめたレイドに構わず、ペルナは醜い笑みで喚き続けた。
「アタシらがアンタらに何かした!?好きでこんなんに生まれた訳じゃないわよ!!この色が欲しい訳?羨ましい訳?そーよねぇアンタらはアタシらみたいにちやほやされないものねぇ、ご愁傷様!」
銀の長髪が風を孕んだ。ペルナは真っ直ぐレイドへと駆ける。
「恨むならさぁ…!」
だんっと一跳び、跳び蹴る構えを取った。
「クズ色に生まれた自分を恨んで死ねば!?」

蹴り飛ばす音は、響かない。
真っ直ぐ伸ばしたレイドの爪と、
エレジアが握る大きな髪針が、
静かに挟み撃っただけだった。

生肉の滴る無様な音。
美しい顔すら無くした肉塊は、銀の髪を赤く汚す。
二人は何の表情もなく、感慨もなく、それを見下ろして呟いた。

「「要らねぇよ、そんな糞色。」」







「…了解した。御苦労、速やかに帰還しろ。」
そう短く告げて、男はマイクのスイッチを切る。いくつかのディスプレイが乗る机に背を向けて、彼は背後の男を振り返り立ち上がった。
「アルヘオ支部長。任務の完了、ご報告致します。」
「ごくろうさま。相変わらず手際がいいね、いつも助かるよ。」
レイドとエレにもお礼を言わなきゃね。そう言って微笑む男は、いかにも温厚な好青年だ。こつんと一歩踏み出すと、束ねても尚長い桃色の髪が揺らめいた。
「ペルナと言ったか。ソレの流通経路は掴めたかな?バイジャ。」
バイジャと呼ばれた男が背後で頷く。赤紫色の長いみつ編みが揺れた。
「特定しました。生産元はフェアメーゲン・アソシエーション。本社は介さず西エリアの研究所から直接市場へ流れています。件の男は会員制オークションから購入したようです。」
「そう。じゃ、それも潰しておかないとね。次のミッションはその会社と研究所とオークション、関係者全員。一人も残さずね。」
「承知致しました、支部長。」
アルヘオがくすっと微笑んだ。背後からでもわかる。ちらりとバイジャを振り返ったその笑みは、眉が下がっていた。
「苦労をかけるね、バイジャ。数が多すぎて骨が折れるだろう?」
「とんでもございません。」
「そう言ってくれると助かるね。そう、本当に数が多い。世界には本当に本当に敵の数が多いんだ。」
ブラインドのかかった窓に、アルヘオはまた一歩歩み寄った。指を伸ばし、その隙間から外を見下ろす。道路を行き交う車、歩道を行き交う人々。ミニチュアのように小さな、ありふれた世界の光景。
「この世界は髄まで毒されきってしまったのさ…。『色違い』という存在、それが巻き起こす欲望の渦にね。」
微笑み見下ろすアルヘオの目は、ひんやりとした色だった。
「宝石が人類を狂わせてきたのと同じ。あれらは存在そのものが人を狂わせる。まして出生から一分一秒の生存まで数多の命を犠牲にする存在だ。それを害と呼ばずになんと呼ぶ?なのにあまりに多くの人々が、見た目の美しさだけで害を許してしまった。世界と呼んでも過言じゃない人数が、それを許してしまった。」
世界は、狂ったのさ。その言葉がバイジャの胸に染みこむ。
根深く胸を占める記憶が蘇った。この場にレイドやエレジアがいれば、同じ想いを抱いただろう。
例えば、渦巻く欲望に呑まれた『色違い』の家族。
例えば、『色違い』の材料にされ続けた己と仲間。
例えば、死産した『色違い』の姉しか見えない母。
褪せる事ない記憶を、振り払うようにアルヘオが振り返る。バイジャを真っ直ぐ見つめ、白い手を差し出した。暗鬱な記憶に、差し込む光のような手を。
「バイジャ。この世界は、生まれ変わるべきなんだ。」
柔らかな微笑みが、真っ直ぐに向けられた。
「途方もない戦いでも、俺達はやらなくちゃいけない。狂いも歪みも全て滅して、世界を正しい姿に戻そう。」
正しい姿に。その言葉は諦めて燻ぶった心を、揺り動かす力を持っていた。再び夢を見させる力を持っていた。
自分達でも、幸せに生きられるかもしれない、世界を。
「…はい、支部長。」
バイジャは無表情なまま、差し出された手を両手で握る。その両手は僅かに、震えていた。

「我々はどこまでも、貴方についてゆく所存です…アルヘオ様。」



革命気取りアンダードッグス


fin.