三つ編みのその先で、緑色が煌と光った。
合わせて発光する黄の瞳。地を蹴り風を切った次の瞬間には、三澄のすぐ上から槍が振り下ろされようとしていた。
「ッうわぁああ!?」
槍は地に突き刺さる。からがら避けた三澄は必死で逃げて距離を取る。バイジャはそれを目端で確認すると、刺さった槍を引き抜いた。すると、刺した地面から液体が噴出する。
毒液だ。三澄は慌てて着物の袖を毒液へと翳す、が。
藍の石は光らない。袖は無残に毒液に焼かれ、穴だらけとなった。
「…石が使えていないな。」
バイジャは抜いた槍を降ろし、三澄を見据える。真っ直ぐ見据えるその視線に、三澄はあからさまにうろたえた。
「石は使えなければ意味がない。もう一度だ…いくぞ。」
「まっ…待って、くださ…!」
嘆願は届かない。バイジャは自分が立っていた場所を、跳ね上がりながらかんっと突いた。そして引き抜けば毒液が噴き上がる。
さらにその毒液を手に取ると、毒液は渦巻いて球を成した。
出来上がった球体を三澄に向かって投げつけた。炸裂したそれは『ヘドロばくだん』だ。
「ひ…ッ!」
身を庇った構えのまま、三澄は爆風に吹っ飛ばされる。
それを見たバイジャが軽く溜息を吐いた。…駄目だな。一旦休憩としよう。





アルヘオ支部と交流を持つ稀有な支部、オルドル支部。
そこの支部長・オルドルが直々に尋ねてきたのがつい3日前の事。
『…新人養成?』
それは支部宛てというより、バイジャ個人への頼みごとだった。
『ああ。ウチにきた新人に稽古をつけてほしい。』
『それを何故わざわざ俺に…?そちらで行う方がチーム的にも良いのではないか?』
『指導に適した人材がいないんだ。ジュラーレはさっと逃げてしまったし、ミュレットは戦闘は専門外。エヴァグリーンじゃ叩きのめすだけで指導にならない。なら俺がと思ったが、どうしてか全員に止められた。』
『……、…それは想像に難くないな…。』
オルドルの辞書に"容赦""手加減"といった言葉はない。どう考えてもエヴァグリーンと同じ、ヘタすればそれ以上の惨状が待っているだろう。
『そういう訳だ、バイジャ。こういうのは君の得手だろう。』
『得手である自覚はないんだがな…。』
ふぅ、とバイジャは呆れ果てた溜息をついた。
得意ではないが、このままオルドル支部に任せるよりはマシなのだろう。これでは新人があまりにも哀れだ。




そういう訳で引き受けたはいいものの。
適当な石にぐったり座り込む三澄を見ていると、どうにも不安しか生まれない。大丈夫だろうかこいつ…とても戦闘員向きには見えない。
バイジャも適当な石に腰かけ、ペットボトルから水を煽る。
ふと三澄に目を戻せば、水分を何も持ってきてないことに気づいた。
「…三澄。」
「っ、は、い…?」
びくんっと跳ねあがる三澄へと、差し出されたのは先程のペットボトルだ。
「飲んでおけ。激しく運動する際に、水分不足は感心しない。」
「……、え、あ、えっと、」
「飲んでおけ。」
「はっ、はいっ!!」
竦み上がるように三澄はペットボトルを受け取った。慌ててキャップを開けるので中身を若干顔にぶちまけてしまう。
やばい失敗したどうしよう、といった目でバイジャを見るが。
バイジャは全く気に留めていなかった。無表情だが、三澄に対する負感情は全く見られない。三澄もうっすらとそれがわかったのか、徐々に挙動を落ち着かせ水を飲むと…はあああと、重く息を吐いた。
「…三澄。」
もう一度呼びかける。今度は跳ねる事なく、目線が返ってきた。
「やれそうか。」
「…え。えっ?なっ、何が…」
「戦闘員だ。つまり、戦う事だ。お前は戦闘員として配属されたと聞いている、が…やれそうか。三澄。」
まっすぐ、意思を問う黄の瞳。ひとしきり戸惑った三澄は、逃げるように俯いた。
「…む……むり、ですよね。ボクなんか、じゃ…。」
「……。」
バイジャは三澄の気持ちを聞きたかったのだが。しかし、否定も肯定もしない。
代わりに静かに、告げるだけだ。
「…オリジンは、戦闘員以外の業務もある。事務員にサポートスタッフ、ミュレットのような諜報員もいる。戦闘員だけが道ではない。」
「わ…わかって、ます…。」
前髪は目を深く隠す。膝を抱えるようにして、三澄はぽつぽつと呟いた。
「戦うの、全然、ダメで…でも、その、オリジンは、強くなれる石が貰えて…だから、その、ボクでも…ボクでも、勝てたり、するのかなって…。」
震える肩をちぢこませながら、三澄は呟く。
「でも、でもやっぱり、むりですよ、ね…。やっぱり、やっぱりボクは生まれつき、ダメだから。あいつと違って、全然、駄目だから。」
震えは、肩から、腕へ、足へ、広がっていく。
「一緒に、生まれたのに…ダメだから…。あいつは良くて、ボクは、ダメだから…。」

『生まれつき、ダメだから。』『一緒に、生まれたのに…』
バイジャの目が、ゆっくりと瞠られる。それをまた細めたバイジャは、不意に立ち上がった。さっきまで訓練していた空き地へと踵を返す。
「…三澄。続けるぞ。」
「えっ?……えっあっ、なにをっ、えっ!?」
「訓練だ。少なくとも『戦いたくない』という意思表示は見られなかった。なら続けるぞ。」
「そっ、そんな待ってくださっ、そんなの無理…!」
す、と鋭く流される黄の瞳。貫かれた三澄は、震えすら硬直した。

「三澄。今すぐでなくて構わない。俺はお前の意思が聞きたい。」
揺れるのは紫の三つ編み。赤ではない、三つ編み。
「お前が。"三澄"が何をしたいか。それだけだ。他人の存在は関係ない。」



揺れる子宮


(例え共に生まれようとも。それは他人。自分ではない、存在だ。)




***

タイトル引用元…星女神の巫女/SoundHorizon

最初は石をうまく発動できなくて、できるようになってからあの人格ができたのだったら的な妄想。