日の沈んだ竹林は、虫の声さえ寝静まる。
そこにぽつりと建つ小さな民宿もまた然り。けれど一部屋だけ、尚も灯りと笑い声が漏れる一室があった。
畳み敷きの宴会部屋で、その宴会は行われていた。
どこででも見かけそうな宴会の風景。一つ違和感を覚えるのは、酌や接待をする若い男女達が見慣れぬ色をしているところか。
「…上物ですな。高くついたでしょう。」
そんな見慣れぬ色の、"色違い"の一人を見ながら誰かが言う。
「少々苦労いたしました。…アレがお気に召しましたか?」
「ええ、なかなか心惹かれる良い品です。」
「お譲りしましょうか。」
「……。…どういう風の吹き回しです?」
白い猪口にゆらめく日本酒。静かに水面を波打たせ、囁き声は交わされた。
「貴社と弊社の末永いご縁を願って、ですよ。どうぞ今後とも、良いお付き合いを続けていけますよう…。」
「…成程。良いでしょう、では詳しい事は追って話しましょう…。」
…良くある話。こんな世界のこんな界隈、どこででも見かけそうなひとつの風景。
そんな囁き声を知ってか知らずか、取り引きされる当の色違いは、静かに目線だけで彼らを伺った。
すぅと襖が開き、仲居が追加の酒を持ってきた。線が細くてぱっと見ではわからないが、珍しい事に男性だ。
「よぉー仲居さん、アンタも飲まねぇかぁー?」
べろべろに酔った男がそれに絡み、仲居は体勢崩して転んでしまった。目を瞠る仲居に、絡む男がにぃと笑む。
「野郎の仲居なんて珍しいなァ、女将もそうだったけどよ。アンタもしかして"花"売りか?気分も良いし言い値で買ってやるぞ?」
たまには通常色でも買ってみっかな、と酒臭い息で品なく笑う。
絡まれた仲居は目を瞠り固まっていたが、俯くと何か呟いた。
「んー?どーした兄ちゃん、聞こえねーぞぉー?」
「……、……るな…。」
一対のヘアピンが光る。


「きったない手でオレに触るなこの下種!!」


ごうっと突風が吹き荒れた。
突然湧いた暴風は座敷を滅茶苦茶に『ふきとばし』、壁へ襖へ叩きつける。
当然座敷は騒然。叫びが金切り声がわっと湧く。廊下へ逃げ出そうとした何人かが襖を開けた瞬間、その身は壁まで吹っ飛んだ。
「…やぁーっと出番か。手間取りやがっていつまで待たせんだよクソ虫が、ぁあ?」
ブーツのまま座敷に踏み込んできたのは、迷彩に身を包んだ派手な青年だった。
風を起こした仲居…おかっぱ頭の少年はそれをじろりと睨んですっと立つ。
「なんだようるっさいな潜入も出来ない莫迦のクセに。見てよ連中のこの顔!最ッ高のタイミングだろ!?」
「ぁあ?ふざけんなよクソ野郎がクソだりぃ御託並べてんじゃねぇぞ。…ま、こいつらのクソっぷりにゃ及ばねぇけどよ。」
真っ黒い瞳が座敷をゆらりと見渡す。何が起きたかわかっていない好事家達が、揃って青い顔をした。
何人かは我に返ったのか、懐に忍ばせた端末で合図を送る。すると鋭い足音がいくつも迫りくる。次々開け放たれる襖。どこにいたのか何人もの黒服が、二人へ銃を向けていた。
『…オッケー、これで全員炙りだしたみたいだな。』
二人の耳元で、無線が喋った。
『オールグリーン、問題なくミッション進行中。エヴァグリーン、三澄、あとは全員一人も逃さず叩き潰せ!』
「「言われなくとも!」」
緑石のピアス、赤石のファスナーアクセ、藍石のヘアピン。一斉にぎらりと光り輝いた。

それからはもう地獄絵図だった。
手練れの黒服達だって次々と沈んでいくのだ。好事家や色違い達など推して知るべし。
阿鼻叫喚の宴会場を、離れたところでそっと伺う男がいた。耳につけた無線にそっと手をあてる。
「…本日も滞りなさそうですね。お勤め、御苦労さまです。」
『こちらこそ。毎度ながらご協力ありがとうございます…みずきさん。』
概ねオペレートの終わったジュラーレが、無線越しに丁寧に礼を言う。今回のターゲット確保、及び戦闘員の潜入は、宿の支配人である彼の協力なくてはできなかった事だ。
みずきと呼ばれた和装の男は、とても穏やかに微笑んでみせた。断末魔の叫びが飛び交う空間で、尚。
「オリジン様にはいつもお世話になっておりますから。勿論、そちらのご要望全て対してこのように取り計らえる訳ではありませんが…。」
柔らかな亜麻色の目が、少しだけ鋭く細まった。
「…ご宿泊の度に夜中まで騒がれ、"花"への扱いも手荒なお客様は、当方としても少々困ってしまいますから、ね。」
言い終わるや否や、みずきの背後でばきぃっと音がした。おやと振り返れば、襖が一枚枠から吹っ飛んでいる。
「あっはははははは!!!弱い弱い弱い!!どいつもこいつも弱ッッッちい事この上無いね!!」
高笑う三澄の周囲を、きいんと光る風が渦巻いている。叫ぶ笑うその目は、歪めるように細まっていた。
「クズはクズらしく無様に死んじゃえよおおおおッッ!!!」
解き放たれた『ぎんいろのかぜ』は、ターゲットごと床を天井を滅茶苦茶に切り裂いた。
「ひぃッ!?いやっ、いやだいやだ助けて、助けて!!俺は何もしてないよ助けて助けて助けてよ…!!」
「はッ、うるっせェなクソ色野郎が。だァれがテメェなんか助けっか、よッ!!」
命乞う色違いの胸倉掴み、重い拳を容赦なく顔へ。それから燐光纏った足で蹴り飛ばせば、一撃でそれは臓物諸々飛び散らせた。
「テメェらは生きてるだけで胸クソ悪ぃんだよ!わかったらとっとと全員死にやがれ!!」
同様に他の者も殴り飛ばし蹴り飛ばし。そのうちの一つがまた襖を吹っ飛ばした。
……さーっと血の気が引いたのは無線越しに聞いたジュラーレだ。
『ッッエヴァああああああああああ三澄いいいいいいいいいいいい建物壊すなって何度も何度も何度も言っただろおおおおおおおおおおおッッ!?!?!?』
「あはは、どうぞ落ち着いてくださいジュラーレさん。元よりこの宿は住む者を"逃さない"造りです、そうそう全壊はしませんよ。」
『ですが宴会場…。』
「…この宴会場、大分老朽化が進みましてね。」
にこ。みずきは花のような笑顔を咲かせた。

「そろそろ改修しなくてはと思っていたんです。丁度良く"弁償"していただけるなんて…いつもありがとうございます、オリジン様。」

ぴしり。ジュラーレが凍りつく。瞬時に弾かれた脳内そろばんに、ただただうなだれる事しかできなかった…。




カプリチオ




「…壊したの…ボクじゃなくてエヴァ、ですし…。」
「ぁあ!?ふざっけんなよテメェが一番ブッ飛ばしてたろ!!」
「……何を言おうと二人とも減給。異論は認めない!!」

fin.