がららっと勢いよく襖が開け放たれた。

「かくまえ大将!!」
「…は?」
カクマエ?…匿え?って事?書き物机で仕事していた蘭斗は、突如現れたラグナをぽかーんと見上げる。
いつになく必死な形相だ。
「………、何事?」
「いいから!いいから頼む匿ってくれ!でないとアイツが…ッ!」
その時だった。
目を丸くした蘭斗の前で、ラグナがぐらりと傾いだのは。
「!? おい…ッ!?」
どさっ、と畳へ力なく崩れ落ちた。




「…んだよ風邪かよ。」
驚かせやがって。溜息まじりに蘭斗が吐き捨てた。毒でも盛られたかと思ったじゃねぇか。
手近にあった自分の布団へ引きずるように放りこむ。それでも結構なガタイだから一苦労だ。ぐったりと目を閉じたその額に、触れた蘭斗は眉をひそめた。
「うわ……大丈夫かよオイ、すげぇ熱。よくウチまで来れたな…。」
「だってアイツが来る…。」
「アイツって?」
「グラオが…グラオがここぞとばかりに看病だのなんだのって寄ってくる…。」
「あーーー……。」
事情は把握した。状況も想像できた。
「逃げても追ってくるし気持ちわりーし…大将んとこなら逃げ切れるかなーって…。」
「お前それはウチを過信しすぎだろ。」
ていうか顧客だし。卸売記録辿ればグラオの名前はちょいちょい出てくるし。
そう聞くや否や逃げ出そうとしたラグナを力づくで布団へ引き戻した。どこ行く気だ馬鹿。どう見たってじたばたできる体調じゃない。
それでも尚起こそうとする上体を両手で抑えつける。単純な腕力ならば蘭斗が僅かに勝っていた。
「離せ大将!こんなとこいられっか!俺は逃げる!」
「だァから無理だろっての。しまいにゃ一発殴って気絶させんぞ。」
「上ッ等じゃねぇかやれるもんならやってみr…」
…そこで力尽きたようだ。がくり、と頭が力なく落ちた。アホ毛の触角もへたっている。
肩に触れる額はさらに熱い。瞠った瞳も半目になる。呆れ返った溜息を零した。
「……暴れっからだ、このバカ。」
罵りながらもそっと寝かせる。よっこらしょ、と傍らにゆるく座り、大人しくなったラグナを見やった。
力なく半開いた口は、絶えず苦しげな息を吐く。滲んだ汗が顎のラインをなぞっていって、だらりと垂れたピアスを濡らした。
…コイツでもこんな風になる事があるんだな。
心配と、その裏でそっと膨らむ別の気持ち。はっと気付いた蘭斗が、かぶりを振ったところで襖がとんとんと鳴った。
「お。来たか。」
襖を開ければ誰もいない。代わりに水差しと和紙包みを載せた盆が置かれていた。さっき連絡して届けさせた薬だ。作り手は勿論、灯籠きっての薬師。
透明なコップに水を注ぐと、蘭斗はラグナの傍らへ盆を置いた。
「ほれ。薬来たぞ。とりあえず飲め。」
「……あー…?」
「耳生きてるか。薬だ、くーすーり。はよ飲め。」
一拍おいて、えーーと返事が返った。
何がえーだと問えば薬嫌いなどとほざく。ガキかてめーは。
何度か声をかけても飲む気配はない。しまいには寝たフリしようとする。
びきりと眉根を寄せた蘭斗は、和紙の中身をラグナの口へぶちこんだ。
「ぶほッ!?ッてめ、なにすんだ大しょ…ッ」
がばっと上体起こしたラグナの、その口を押さえ込む唇。硬直したスキに水が注ぎ込まれた。
よく知る味の、なまぬるい水。
驚いてごくんと飲んでしまって。ぽかんと瞠る目に映る蘭斗。なにをされたかわかってしまうと、不覚にも熱が上がった気がした。
「……〜〜〜〜〜〜。」
これは熱のせい、と言い訳しながら、ラグナはがっくりと蘭斗の肩へ頭を落とした。
その頭をぽんぽんと、蘭斗が撫でてやる。子どもを寝かしつけるよに。



良薬は口にし?


(そういやこいつ年下だったな、等と今更。)

fin.