その客はいつも決まって、深くフードを被っていた。

「ごめーん、待ったぁー?」
「その台詞は女以外が言ってもサムいっての。」
「あっはは、きーびしー。」
待ち合わせの時間には、必ずきっかり5分遅れて現れる。
おそらく俺が来るまでどこかに潜んでいるのだろう。へらへらしているクセに周到な奴だった。
勿論、そんな推察は顔に出さない。
「ほい、例の品。」
"商品"を渡せば客はにっこり笑んで、丁度の代金を手渡した。皺ひとつないピン札だ。
「…確かに。まいどありぃ。」
「いつもどーもぉ。色々試したけどおにーさんトコのが一番イイかも。」
「世辞言ったって安くはしねーぞ?ま、事実だけど。」
うっわナルシー、とくすくす笑う客にうっせと笑って返す。薄っぺらい笑いだった。薄っぺらいやりとりだった。
それで済ましときゃよかったのかもしれない。
けれどどうにも、箱があれば開けてみたくなるタイプなのだ。
「…"お姫様"には、好評かい?」
一瞬客はきょとんとしたが、すぐににんまりと笑みを濃くした。
「うわ、似っ合わなー!おにーさんの口からお姫様とかやばいウケる。」
「悪かったな。…んで?どうなん?」
「そゆことわざわざ聞く?フツー。」
「商品の評判は気になるもんさ。」
聞いちゃダメな話か?と挑発的に笑んでみせれば。
客は余裕でそれを受け止め、笑んだまますぅと目を細めた。

「最ッ高、だってさ!」

それはわざと作った笑みか、それとも滲みでた笑みか。
客が浮かべるその笑顔は、どこからどう見ても"嘲笑"だった。
この客は所謂転売屋だ。ただその売り方が少しだけ珍しい。
この客は、付き合った女に薬を飲ませ、客に仕立てあげるのだ。
「おにーさんとこのはさぁ、何に混ぜてもバレないんだよねー。ほんっと助かるよー。」
けら、けら、けら。音だけがやたらと耳障りいい笑い声。
「効き目も最高だよねぇ。酒とかに混ぜたらもーヤバい。アガってトんでワケわかんないもん。そのまま一発ヤった時のあのコらときたらもうさー、」
少し、間が空いた。そして無音で笑む。
「笑える。」

「…てゆーか、転売バレちゃってんじゃん?おにーさん怒っちゃうー?」
「別に。お前にも定価で売ってるから儲けにゃ違いねぇ。」
しかし、まぁ。そう前置きして、とうとう堪え切れず苦笑した。
「えっげつねー。」
ド外道もいいとこだ。清々しいくらいの外道さに笑いが止まらない。
「その若さでよくやるぜ。お綺麗な顔してさ。」
「あはっ、よく言われる。俺けっこー若く見られるみたいでサ。」
「え。…お前24・5じゃねーの。」
「さぁ、どーでしょ。当てれたらちゅーしてあげるよ、"おにーさん"。」
いらねぇよ、と笑えば客もけらけら笑った。その姿はどう見ても、24・5の若造なのだが。
「しっかし話にゃ聞いてたがマジだとは思わんかった。あーあ、女のコかっわいそー。」
「そーお?おにーさんやっさしー。」
「そりゃ普通思うだろ。アレにハマっちゃそのコらもうおしまいだよ。」
「そーかもねぇー。…でもぉー、」


「―――おにーさんにはどうでもいい話、デショ?」

ひた、と。
冷たいものを心臓へ、あてがうような一言だった。
思わず客を注視すると、相変わらずの薄笑いが浮いてるだけ。
不意に、くるりと客が踵を返せば、目深なフードが目元に影を落とした。
「それじゃーね、おにーさん。また無くなったら買いにくるよ。」
「…、ああ。ごひいきにどーも。」
「どいたしましてー。俺けっこーおにーさんの事スキだからさー。」
笑顔でひらひらと手を振る客。別れ際に顔だけ振り向き、流し目を寄越した。

「無関心な人、スキなんだよね。おにーさんみたいなさ。」
何故だろう。その台詞は何度思い返しても、真逆の意味にしか聞こえなかった。



In a crowded street



それは今から3・4年昔の話。
俺もアイツも、今に比べて、3・4年分若かった頃の話。

fin.