強固な防壁であればあるほど、一度崩れれば脆いもんだ。


ぎし、ぎし。軋むのは畳か、それとも後ろ手を縛る荒縄か。
荒く啼くような息の音。啼くまいと歯を軋ます音。
静かな密室に響く些細な物音が、ひどく、酷く、心地よかった。

「――…良い、眺めだ。」

心底。樂はそう言った。
べたりと座ったその下に、組み敷いたグラオを見下ろして。
ぎっ、と凶悪に赤目が睨む。何か言おうと開きかけた唇は、
耳を這った樂の指によって、また閉じざるを得ないのだ。

本当に。夢のように良い眺めだ。なァ?
指先から感じ取る痙攣に、口端を吊りあげずにはいられない。
今何を飲ませたとこだったか。薬に毒薬に媚薬にと。思うままに飲ませた薬は、酔った頭じゃ覚えていない。
酔っていた。酔いしれていた。歪むような笑みが、とどまる所を知らない。
憎くてたまらないこの男の、奇妙な身体を思うままにできる愉しさに。

「…ご気分はどーだ?天下の毒忍者サン、よ。」
顎を持ちあげ、目を合わさせる。その目はぼやけており焦点が合ってない。
「さぞやイイ気分だろぉ?」
グラオは樂を睨みつけたが、唇は引き結んだ。無反応でも貫こうとしているのか。この期におよんで。樂にしてみれば、笑わせる。
「…返事。」
耳元に唇を寄せ、わざと吐息多めで囁けば。
薬によって逆立ったグラオの神経が、過敏に反応するのがわかった。
「………ッ!」
びくんっ、と跳ねる肩。くつくつと笑う樂を、グラオは憎悪に満ちた目で睨む。意識の混濁したその目で睨まれても、尚のこと樂を愉しませるだけだというのに。
頬に触れるだけで、首筋から背を撫ぜるだけで、痙攣のようにその身は跳ねる。自分の身体を制御しきれないのだろう。一度樂の薬に侵されてしまえば、全神経は樂の手の内。強固な防壁であればあるほど、一度崩れれば脆いもんだ。
段々と乱れていく呼吸の音は、声が混じりそうで混ざらない。あと一押し。樂はゆっくりとまばたいた。最後の壁を崩すには、あと一押し。
「返事、つってんだろ?なァ。」
口開いて、コエで、反応して見せな。
耳から首へ、唇を滑らせた。グラオの目が見開かれる。ぞっと肌が粟立つのがわかった。
振り払おうと首を振るが、既にそれさえもうまくいかない。悔しさに床を殴る事さえできない。歯噛みするのが精いっぱいな無様さを、その煮詰まった悔しさを樂は忍び笑った。赤い舌を首に押し当て、つぅと伝わす。ひっと息を呑む音が、はっきり聞こえた。
ぎしぎし、ぎし。腕がもがき荒縄が鳴る。拙く必死に振る首に合わせて、汗に濡れた髪が肌にはりつく。
嫌だ、と。
声にならなくても、よく伝わってきた。あと一押し。ほんの、一押しだ。

「―――逃がすかよ。」

首筋に、牙を立てた。強張った背が大きく反る。
「……ッぁ…!!」
その、瞬間。小さく、聞き間違いかと思う程に小さく、その声は聞こえた。
何より絶望に見開いたその瞳と、血の気の引いた頬がその証拠で。

…にぃ、と。
樂は笑み、頬に優しく触れた。その頬は震えていた。痙攣ではない、かたかたと、震えていた。




conquest.


(お前の負けだ。)

fin.