「寝顔」 -------------------------------------------------- カリカリカリカリ… ペンの音だけが響く深夜の一室。時計は2時を指す。 「このページを終わらせれば、後は下書きが8ページだな。」 「そうね。ようやく先が見えてきたってとこかな。」 「……印刷所の締め切りっていつだっけ?」 すでにペン入れが終わったページを見ながら千桜がそんな事を聞く。 「明々後日…あっ、じゃなかった。明後日の昼に出せば間に合うんじゃない?」 「実質2日半か…。無謀な気がするな…。」 少し諦めた感じで言うような千桜に、 「でもそこをやりきらないと、」 「「漫画家への夢は掴めないのだ!!(から!!)」」 ナギとルカが声を揃えて言った。 「足橋先生は4日遅れた原稿を、それも私たちより大変な状況なのを3時間で描き上げたんだ!余裕がある分私たちがまだ音を上げてはならんのだ!」 ペンを片手にそう言うナギに、 (いや、それはプロだし…なによりアレはちょっと反則な気もするけど…) と思った千桜だったが、せっかくやる気になっている二人を見て言うのはやめておこう、と黙った。 「私はまだまだ描ける、夜明けまでぶっ飛ばすぞ!!」 「オッケー!!私も明日はオフだし付き合っちゃうわ!」 「寝るなと考えるから眠くなるんだ!だから私は無心で描く!!」 と、一見ノリノリで夜明けまで書く気満々の2人だったが…。 それから30分後。 静かなのに気づいて本の世界に引き込まれていた千桜が本から顔を上げてみると…。 「…ん〜やっと出来たのだ……これで新人賞間違いなしなのだ…zzz」 「…やったわねナギ……今回は1200部も売れたよ…zzz」 机を枕に寝息を立てる二人。大きな夢はそれぞれ違うものらしい。 「あ……やっぱ寝ちゃったか…。」 そんな2人を見て千桜が一人つぶやく。 「起こしてやったほうがいいんだろうけど…。」 千桜の言葉はそこで止まった。 かわいらしい寝顔で寝息を立てる二人を見ていると、起こすのがとてもかわいそうに思えたからだ。 起こしてやったほうがナギたちのためにはなるのだが…大きな夢を見させてあげたいという気持ちもあった。 そんな感じで千桜が悩んでいると…。 「あ〜お嬢さまたち、寝ちゃいましたか…。」 「綾崎君!?」 紅茶のセットを持ってきたハヤテがやってきた。 「まぁ予想はついてましたけどね…お嬢さま、昨日も夜遅かったですから。」 ルカさんも仕事明けですからね、と机に紅茶のセットを置いて、ハヤテが付け足す。 「……なんか二人の寝顔見てると、起こそうと思えなくって…。」 「はは、そうなんですよね。お嬢さまたちの寝顔ってホントにかわいらしいですから…。きっといい夢を見ていらっしゃるのだろうと思うと起こせないですよ。」 優しげな視線を二人に向けるハヤテに千桜は「ホントに綾崎君はナギを大事に見てるんだなぁ…」と思った。 「あ、そうだ。」 何かを思い出したかのようにハヤテが言う。 「?」 「千桜さんの寝顔も結構かわいらしいですよ。」 「っ!?」 寝顔とは本来あまり見られたくないもの。褒めてるつもりでハヤテは言っているつもりなのだろうが…。 あいも変わらずデリカシーのない事を言ってくるハヤテに千桜は赤面する。 赤面した理由は寝顔を見られた事と、「かわいらしい」と言われた事に対して。 「千桜さんは眼鏡のあるなしでだいぶ印象が変わりますよね。……あれ?でもあの眼鏡を外した千桜さんってどこかで見たような気もするんですけど…。」 そんな千桜にも気づかず、ハヤテは話を続ける。 「ちょ、綾崎君、それは……!!」 千桜はさっきとは別の事で赤面する。 「まぁ気のせいですよね…。」 ハヤテがカンのいい性格でなくてよかったと本気で思う千桜。ホッと胸をなでおろす。 「…いつもお嬢さまをありがとうございます。」 突然千桜に礼を言いだすハヤテ。 「いきなり何を言ってるんだ?私は何もしてないのに…。」 「いや、なかなかお礼を言う機会がありませんから今言っとこうかなって。お嬢さま、千桜さんに出会ってからここまで変わられて…。」 「そんな…。」 「ホント、千桜さんが居なければお嬢さまは変われなかったというか…僕たちではなかなかお嬢さまを変える事がきっと難しかったと思いますし。本当にありがとうございます。」 「綾崎君…。」 ハヤテをじっと見る千桜。 次に何て言おうか考えていると……。 「…お前ら、何をイチャついておるのだ!」 「そうよ、抜け駆けはなしよ千桜ー!」 2人が声に気づいて起き出した。 「い、いや、これはそういうのじゃない!私はただ…!」 「そうですよ、僕は千桜さんと一緒に寝顔について話をしてただけです!」 そう言った瞬間、ナギとルカの顔が真っ赤に染まる。 千桜はそんな3人を見て「あぁやっぱり綾崎君だな…」とため息をつく。 「そんな恥ずかしい話をするなー!!」 「ごふっ…!」 ナギの一撃にハヤテは倒れこむ。 「寝顔…寝顔見られた…!」 一方、ルカは恥ずかしさに顔を両手で覆っていた。 「…じゃあ、寝顔見られないためにも頑張って描けばいいじゃないか。」 床にぶっ倒れているハヤテを横目に、ため息交じりに千桜が言う。 「そ、そうだ!私たちは寝てしまっていた!!」 「時間は今何時?何時なの!?時間がないって言うのに…!!」 急いでペンを持ち直して机に向かう二人。 「今度こそは絶対寝ない!」 「ええ!」 先ほどの眠りを取り返すようなやる気でページを仕上げる2人。 でも結局、1時間後…。 「zzz…」 「……やっぱり寝られてしまいますよね…。」 今度は3人とも寝てしまい、3人ともハヤテにまた寝顔を見られてしまった。 規則正しく寝息を立てる3人の寝顔。 「さすがに今夜はもう寝かしてあげたほうが良さそうですね。『お嬢さま』。」 ふっと笑い、掛けるものを取りに行くハヤテだった。 「寝顔」 完 --------------------------------------------------