行き遅れの人魚姫(仮)

◎海の中

ナレ ｢深い深い海の底に、

多くの人魚達が集う『人魚の里』がありました。

その里には人魚姫と呼ばれる、

とても美しい人魚が住んでいました｣

海の中、魚の群れが行き交うなか、何か鼻歌を歌ってる人魚姫。

遠くから姫を呼ぶ姉の声が聞こえてくる。

姉 ｢姫！　姫！｣

姫のいる場所まで来る姉。

それに気付いて鼻歌を止める姫。

人魚姫 ｢あら？　姉さん、どうしたの？｣

姉 ｢どうしたもこうしたも……、

あなた、また見合いから逃げたんですって？

母さん泣いてたわよ？｣

人魚姫 ｢むぅ〜、だって〜……｣

姉 ｢はぁ、あなたが人間が良いって言うから、

せっかく『インスマス』ってところから連れてきたのに……｣

人魚姫 ｢人間でも嫌よ！

あんな魚面！

それになんか魚臭いし……｣

姉 ｢あなたねぇ……。

あの人、あんな顔でも結構な実業家なのよ？

変な宗教にはまっているみたいだけど……｣

人魚姫 ｢冗談じゃないわ。

私は結婚するなら、

イケメンで！

金持ちで！

やさしい王子様とするの！｣

姉 ｢……そんな夢みたいな事言って、

あなた、今年で三十歳になるのよ？｣

人魚姫 ｢まだ二十九歳！

あと九ヶ月と三日あるんだから！｣

姉 ｢……はぁ、そう｣

そう言い張る人魚姫を見て、溜息を吐く姉。

姉 ｢とにかく、もう一つ見合い話持ってきたから、

今度こそ逃げたりしないでよ？｣

そう言ってその場から離れていく姉。

◎岩場

岩場に上がり静かに泣いている人魚姫。

波の音が静かに響いている。

人魚姫 ｢はぁ……、

何で理想の王子様が現れないのよ！｣

叫ぶ人魚姫。

少し間を空ける。(その間波の音)

人魚姫 ｢‥あ〜あ、何で海の中にはカッコいい男がいないの？

何で魚面の人ばかりなの？　何で生臭い人ばかりなの？

ねぇ、教えてよ、海の神様！｣

それに答えるように大きな波が人魚姫にぶつかる。

人魚姫 ｢ん〜……、ぶは！

ちょっと神様！　うるさいって言いたい訳！？

……ったく、そんな風に怒るくらいなら、

イケメン高収入の王子様でも流してきなさいよね｣

そう言っている人魚姫の下に人が流れ着く。

人魚姫 ｢あら？　本当に人が流れ着いたわ。

って、これでイケメンじゃなければ意味ないんだけど……。

キャーー！｣

流れ着いた人の顔を見て、喜びの悲鳴を上げる人魚姫。

人魚姫 ｢これは、私の求めていたイケメンフェイス！

それにこの服！　

一見悪趣味っぽいけど、かなり豪勢な作り、

間違いなくどこかの富豪、もしかしたら王族かも！

これで性格もよければ……、

この人こそ私の求めていた王子様！｣

王子 ｢う、ゲホゲホ！｣

人魚姫 ｢おっと、このままじゃ危険ね。

近くの陸地に上げないと……あそこがいいわね｣

そう言いながら、王子を抱えて陸地まで泳ぎ始める人魚姫。

◎海岸

海岸に王子を横たわらせる人魚姫。

人魚姫 ｢あ〜、どんな人なんだろう、緊張するわ｣

遠くから人が来る音。

人魚姫 ｢ヤバ！　誰か来た！｣

急いで海に飛び込む人魚姫。

人魚姫Ｍ ｢げっ！　王子様(仮)を置いてきちゃった！｣

海岸にやってきて、王子を見つけるアンナ。

アンナ ｢あれ？　あそこに人が、

大丈夫ですかぁ〜｣

そう言いながら王子に近づくアンナ。

アンナ ｢ん？

この人、どこかで見たことあるような‥。

あ！　この人、王子様だ！

王子様！　しっかりしてください！　王子様！｣

王子をゆすれ起こすアンナ。

王子は目を覚ます。

王子 ｢う、う〜ん……、ここは？｣

アンナ ｢王子様！　気が付かれましたか？｣

王子 ｢確か乗っていた船が沈んで……。

(ハッとして)他の者は？

君！　私以外に誰かいなかったか？｣

アンナ ｢……いいえ、

私が見つけたのは王子様一人だけです｣

王子 ｢そ、そうか……。

みなが心配しているかもしれない。

すぐに城に戻らねば……｣

よろめく王子とそれを支えるアンナ。

アンナ ｢そのお体では無理です！

近くに私の住む村があります。

そこで休んでいって下さい｣

王子 ｢すまない。

……ところで君の名は？｣

アンナ ｢ココ村のアンナと申します｣

王子 ｢私が溺れているところを助けてくれたのは君なのかい？｣

アンナ ｢……はい、そうです｣

王子 ｢ありがとう、君は命の恩人だ。

このお礼は必ずしよう｣

アンナ ｢いいえ、お礼なんて……。

それよりも村に向かいましょう｣

そう言いながら、アンナは王子を村のほうへ連れて行く。

それを見送った人魚姫は姿を現す。

人魚姫 ｢あの小娘！　私の王子様を〜！

……でもあの人、本当に王子様だったんだ。

まさに理想の王子様！

……でも、人魚の姿じゃさすがに近づけないよね｣

考え込む人魚姫。

しばらく考えて何か閃く。

人魚姫 ｢そうだ！　あいつなら何とかできるかも！

そうと決まれば、善は急げね｣

そういって、海に帯びこむ人魚姫。

◎魔女の家

ナレ ｢人魚姫の住む家の近所に、一人の魔女が住んでいました。

彼女は別に悪さもせず、

静かに、平和に、日々を暮らしていました｣

鼻歌交じりに料理をしている魔女。

そこに勢いよく扉を開いて入ってくる人魚姫。

人魚姫 ｢魔女！　お邪魔するわよ！｣

魔女 ｢はぁ‥、またお前か。

イケメン高収入の男を見つける魔法なんて無いって、

何度も言ってるだろ？｣

人魚姫 ｢違う違う、今日は別の用件よ｣

魔女 ｢別の？　珍しいわね。

で、その用件って何よ？　若返らせろとか？｣

人魚姫 ｢私を人間にして欲しいの！｣

魔女 ｢……は？｣

人魚姫 ｢人間にしなさい！　この私を！｣

魔女 ｢え？　ちょっと、あんた熱でもあるの？

正気でそんなこと言ってるの？｣

人魚姫 ｢もちろん、私は正気よ。

私の理想の王子様と結婚するために必要なのよ｣

魔女 ｢まったく話が見えないわね……。

一体全体、何があったって言うのよ？｣

人魚姫 ｢実はカクカクシカジカ……｣

魔女 ｢ふぅ〜ん、理想の王子様を見つけたけど、

相手は人間で求婚どころか近づく事すら間々ならない。

だから私を人間にしろ‥と｣

人魚姫 ｢その通りよ！　解ったのならさっさと私を人間にしなさい！

さぁ、さぁ！｣

魔女 ｢ちょっと待ちなさいって！

人間にする魔法はあるにはあるけど、

この魔法、副作用が少しキツイのよ？｣

人魚姫 ｢そんなの関係ないわ！

私が人間になりさえすれば、

この美貌で王子もいちころよ！｣

魔女 ｢……はぁ、後悔しても知らないわよ？｣

人魚姫 ｢大丈夫よ。

それよりも、早く魔法をかけなさい！｣

魔女 ｢解ったわよ。

……アブラカタブラ、

チチンプイプイ、テクマクホニャララ〜、

人間になぁれ〜｣

魔法がかかって人魚姫が人間に変わっていく。

人魚姫 ｢……え？　もう終わり？｣

魔女 ｢ええ、足を見てごらん｣

人魚姫 ｢ああー！　足が生えてる！

凄い二足歩行よ！｣

魔女 ｢あ〜、それで、副作用の事なんだけどな｣

人魚姫 ｢何よ、人が感動してるところに、ＫＹねぇ〜｣

魔女 ｢まぁ、そう言わずに、これ握ってみなって｣

そう言って、握り拳大の岩を手渡す。

人魚姫 ｢何よ？　この岩がどうしたって？｣

その岩を軽々握りつぶす人魚姫。

人魚姫 ｢え？｣

魔女 ｢あ〜、次はウインクをしてみろ｣

人魚姫 ｢(恐る恐る)こ、こう？｣

人魚姫の目からビームが出て、魔女の家の壁を打ち抜く。

それに驚いて、その場で腰を抜かす人魚姫。

人魚姫 ｢な、何よこれ！？｣

魔女 ｢副作用｣

人魚姫 ｢聞いてないわよ！？｣

魔女 ｢聞かれなかったし、聞いてくれなかったからな。

後悔しないんだろ？｣

人魚姫 ｢こんなんでどうやって王子様に会えばいいのよ！？｣

魔女 ｢まぁ、王子様のところに行くまでに、

力をセーブできるようにすれば良いんじゃないかな？｣

人魚姫 ｢ぐっ‥、他の魔法は無いの？｣

魔女 ｢無い｣

人魚姫 ｢……ちくしょーー！｣

そう言いながら走り去る人魚姫。

ものすごい地響きが周囲に響き渡る。

魔女 ｢あ〜、あいつ大丈夫かな？｣

◎王子の国の港

ナレ ｢こうして、超人の力を得た人魚姫。

その力はすさまじく、

地を砕き、海を裂き、

跳べば雲にも手が届くというほどだった。

力を制御できない彼女の通ったあとは、

荒地へと化していった。

そして、数ヵ月後。

彼女はその力を制御する事に成功する。｣

海から上がる人魚姫。

人魚姫 ｢ぷはぁ、やっと着いたわ｣

港にいる漁師達に注目される。

猟師たちのひそひそ話が聞こえる。

(｢海から出てきた｣｢どこから泳いできたんだ？｣とか)

人魚姫 ｢見世物じゃないわよ！｣

漁師 ｢ひぃぃ〜！｣

人魚姫 ｢何よ、か弱い乙女を見て逃げ出すなんて……。

あ、いけない、さっき倒したサメを持ったままだったわ｣

そう言って、背中に背負った巨大なサメを下ろす。

人魚姫 ｢さて、どうやって王子様に会おうかしら？

正面から城に入る？

それとも夜な夜な忍び込む？｣

そんな事を考えてる人魚姫の横を通り過ぎる住民。

彼(彼女)らの話し声が聞こえる。

住民１ ｢おい、お前聞いたか？｣

住民２ ｢ああ、王子の結婚式だろ？

もちろん聞いたさ｣

住民１ ｢いや〜、めでたいねぇ。

これでこの国も安泰だな｣

住民２ ｢だな｣

その場から離れていく住民。

呆然とする人魚姫。

人魚姫 ｢何ですって……｣

◎城の前

歓声に包まれる中、王子とアンナが並んで立っている。

王子 ｢僕が生きて国民の前に立っているのも、

君が一所懸命に看病してくれたおかげだよ。

本当にありがとう｣

アンナ ｢ああ、王子様と結婚できるなんて……。

夢見たい！｣

その様子を離れたところから見ている人魚姫。

人魚姫 ｢何なの！？　助けたのは私じゃない！

何で、あんな小娘が……。

うぅ……、うわぁ〜ん！｣

泣きながらその場を後にする人魚姫。

◎王子の国の港

港で泣いている人魚姫。

人魚姫 ｢うぅ……、王子の為に人間になって、

力を抑える努力をしたのに……。

こんな仕打ちって無いよぉ｣

地面を殴りつける、もしくは蹴りつける。

地面が砕け、周囲の人が悲鳴を上げて逃げ出す。

そこに姉がやってくる。

姉 ｢やっと見つけた！｣

人魚姫 ｢姉さん！？｣

姉 ｢ほら、さっさと帰るわよ｣

人魚姫 ｢ちょっと待ってよ！　どうしたのよ急に？｣

姉 ｢どうせ失恋したんでしょ？

まだ、見合いの話しあるんだからさっさと帰ってきなさい！｣

人魚姫 ｢うっ‥、確かにそうだけど失恋したけど……｣

姉 ｢ならこんな所にいる必要ないでしょ？｣

人魚姫 ｢そうかもしれないけど、

もしかしたら王子以外にいい男がいるかも……｣

姉 ｢バカいってないの！

それに、もしこの国にいい男がいたとしても、

数日後にはみんな無くなっちゃうんだから意味無いわよ｣

人魚姫 ｢……それってどういう事よ？｣

姉 ｢海で聞いた話だと、隣国がこの国に大軍を送ったそうよ。

数日後にはここも戦場ね｣

人魚姫 ｢そんな‥｣

姉 ｢さぁ、解ったんならここから離れるわよ。

次の見合い相手は、あんたの希望通り身分の高い方よ？

どういう身分かは詳しく解らないけど、

確か『ダゴン』さんって人よ｣

人魚姫 ｢ごめん、私やっぱり帰れない！｣

そう言って走り去る人魚姫。

姉 ｢え？　ちょっとどこ行く気よ！｣

◎戦場

隣国の大軍の前に立つ人魚姫。

ナレ ｢ここは王子の国とその隣国の国境。

王子の国は結婚式のお祭り騒ぎで、

守りの兵もいなかった。

そこに一人立つ人魚姫｣

人魚姫 ｢私が愛した王子の国を滅ぼさせたりしないわ！｣

ナレ ｢そう勇ましく叫ぶ人魚姫。

だが、その内心は……｣

人魚姫Ｍ ｢ここで活躍すれば私と結婚してくれるいい男が出てくるかもしれない。

あわよくば王子を取り戻せるかも……｣

ナレ ｢そんな事を考えていました。｣

人魚姫 ｢さぁ、有象無象の兵士共！

この人魚姫が相手になってあげるわ！｣

大軍が攻めてくる音。

人魚姫はそれに立ち向かう。

◎エピローグ

ナレ ｢人魚姫と大軍の戦は三日三晩続き。

人魚姫が全ての兵を縛り上げての勝利に終わりました。

その報せを受けた王子は、人魚姫を国の英雄として迎え入れ、

彼女は莫大な富と名声を手に入れたのでした。

めでたしめでたし……｣

人魚姫 ｢ちょっと！　私、結局結婚できたの！？　ねぇ！　聞いてるの！？

ねぇってば！(段々フェードアウト)｣