百の御魂

●山中

草を掻き分けて飛び出す鬼達。

それを追ってハクマも飛び出る。

鬼 ｢しつこいヤツだ！

国の妖怪狩りが！

いい加減にしやがれ！

お前が邪魔するから、

食い物にありつけねえじゃねぇか！｣

ハクマ ｢お前達から、弱き人々を守る。

それが破邪の剣士たる、

俺の使命だからな｣

鬼 ｢そうかいそうかい！

それならお前の死体で腹を満たすとするか‥。

お前ら！　やっちまうぞ！｣

鬼の一声で周囲にいた鬼達はハクマを囲む。

雄叫びと共に襲い掛かる鬼達。

しかし、ハクマに触れる事叶わず、

全員斬り伏せられる。

鬼 ｢な！？　そんな！｣

その様子に驚き、腰を抜かす鬼。

それを追い詰めるようにハクマがゆっくりと近づいてくる。

鬼 ｢た、助けてくれ！

もう人里には下りねぇ！

子供を獲って喰ったりはしねぇ！

だから頼む！　命だけは！｣

ハクマ ｢すまんな。

お前を狩るのは、ただ人を守る為ではないのだ｣

そう言うと、ハクマは鬼に一太刀浴びせる。

鬼 ｢ぎゃああ！　そ、そんな、

こんな所で‥死ぬ‥なんて……｣

倒れる鬼。

それを見下ろすハクマ。

ハクマ ｢これで、七十と二匹。

あと二十八……｣

そう呟き、刀を鞘に納めどこかへと歩き去っていく。

ハクマが消えると、

どこからとも無く妖怪達が現れ、

鬼の死体に集まってくる。

妖怪長 ｢また、殺されたか……｣

強妖怪 ｢この辺りじゃ、こいつで二十匹目だ｣

妖怪１ ｢ここだけじゃない、

他の山でも妖怪が次々に殺されとる｣

妖怪２ ｢人間の妖狩りか……｣

妖怪長 ｢次はワシらの番かもな……｣

強妖怪 ｢……ならば、殺される前に殺すまでだ｣

妖怪１ ｢どう殺す？　奴は強い。

わし等が束になったところで太刀打ちできんぞ？｣

強妖怪 ｢ぐ‥、なら他の山の連中にも‥！｣

妖怪２ ｢他の山の連中も皆怯え、隠れて出てこん。

だからこそ、この山が狙われとるんだ｣

強妖怪 ｢じゃぁ、どうすればいいんだ！

このままじゃ俺達は皆殺しだぞ！？｣

妖怪長 ｢……ワシにいい考えがある｣

妖怪１ ｢ん？　何じゃ、その考えとは？｣

妖怪長 ｢呪いの秘術を使うんじゃよ｣

タイトルコール

●ハクマの屋敷

屋敷に帰るハクマ。

ハクマを見た爺は彼を迎え入れる。

ハクマ ｢爺よ、今帰ったぞ！｣

爺 ｢おお、若様、ご無事でしたか！｣

ハクマ ｢ああ、あの程度の妖怪、何とも無いさ。

それよりも、ユキの様子はどうだ？｣

爺 ｢それが‥、今朝からあまりよろしく無い様で……｣

爺がそう言うと、奥から声が聞こえる。

ユキ ｢兄様？　帰ってこられたのですか？｣

爺 ｢ユキ様！？｣

奥からフラフラとやってくるユキ。

それを見て、爺は駆け寄って支える。

爺 ｢ユキ様！　お体がよろしくないのですよ！

無理をなさってはいけません｣

ユキ ｢ごめんなさい‥、

でも兄様に会いたくて‥｣

ユキに近づき支えるハクマ。

ハクマ ｢ユキ、心配をかけたな。

寂しくは無かったか？｣

そう言って、そっとユキの頭をなでる。

ユキ ｢少し寂しかったです。（と言いかけて途中で止める）

いえ！　大丈夫です！

だって、兄様のお仕事は、

人々を守る大切なものですもの。

我侭は言えません！｣

ハクマ ｢すまないな、ユキ……｣

そう言って、もう一度頭をなでてやる

爺 ｢若様‥｣

ハクマ ｢ああ、わかった。

(ユキに向き直り)後で相手をしてやるから、

今は寝て、体を休めておけ｣

ユキ ｢はい、兄様｣

爺に支えられながら部屋に戻るユキ。

それを見送るハクマ。

ハクマ ｢……さて｣

振り返り、別の部屋に向かうハクマ。

●ヒスイの部屋

襖を開け、中に入るハクマ。

部屋の奥には、ヒスイが座っている。

ハクマ ｢ヒスイ、入るぞ｣

ヒスイ ｢これはこれは、ハクマ殿。

ご無事の帰還、何よりで……｣

ハクマ ｢挨拶はいい、

それよりも、狐の封印の準備はどうなっている｣

ヒスイ ｢ふふ、そんなに慌てなさるな。

こちらは順調に進んでいるよ。

それよりも問題は、術に必要なアヤカシの魂、

それをその刀に百集める事。

そちらは順調なのかな？｣

ハクマ ｢無論だ。今七十二の魂を集めたところだ｣

ヒスイ ｢すばらしいね。

予想よりも早く集まってるよ。

さすが国一の破邪の剣士だ｣

ハクマ ｢そうか……｣

そう言って、安堵の溜息をつくハクマ。

ヒスイ ｢だが、それ以上に狐の侵食の方が早くなっている｣

ハクマ ｢何！？｣

ヒスイ ｢さすがは大妖怪『白面金毛九尾』といったところか、

私の予想を遥かに超える力を持っているようだ｣

ハクマ ｢おい！　それじゃユキはどうなるんだ！

まさか、間に合わないのか……｣

ヒスイ ｢なに、間に合わない程じゃないさ。

魂が集まりさえすれば‥ね｣

ハクマ ｢そうか……｣

ヒスイ ｢しかし、君も大変だね。

両親の尻拭いなど……｣

ハクマ ｢貴様！　父上と母上を侮辱するか！｣

ヒスイ ｢だってそうだろう？

当時、国一の破邪の剣士だった父上と、

我が師であり、国一の陰陽師である母上、

その二人が命を賭け、九尾に戦いを挑むも、

封印する事だけしかできなかった。

しかも、自分の娘を媒介にしてだ。

国をアヤカシから守るのが使命とはいえ、

酷い親もいたものだ｣

ハクマ ｢貴様！｣

ヒスイに掴みかかるハクマ。

ヒスイ ｢だからこそ、

君はその二人の非を正す為に頑張っている。

私だって同じさ、

君の母上、我が師の封印をより完璧にする為に、

君に力を貸しているのだ｣

手から力を抜き、ヒスイを離すハクマ。

そのまま振り返り入り口に向かう。

ヒスイ ｢ふふふ、頑張ってくれよ？

国一の剣士殿｣

ハクマ ｢(忌々しげに)貴様に言われるまでもない｣

部屋から出て行くハクマ。

笑みを浮かべながら見送るヒスイ。

ヒスイ ｢くっくっく、せいぜい頑張ってくれよ。

この私の為にね……｣

●ユキの部屋

静かに書を読むユキ。

部屋の入り口にハクマが来る。

ハクマ ｢ユキ？　入っていいか？｣

ユキ ｢兄様！　ど、どうぞ！｣

そう返事を返し、読んでいた書を隠すユキ。

部屋に入るハクマはそれを見つける。

ハクマ ｢ユキ、休む様に爺に言われただろう？｣

ユキ ｢だって……｣

ユキから書を取り上げるハクマ。

ハクマ ｢これは母上の書いたものか？｣

ユキ ｢はい、私は体が弱いので、剣は振るえません。

ですから、せめて術だけでもと……｣

ハクマ ｢ユキ、あまり無理はするな｣

ユキ ｢でも！　私は兄様の為に‥、

いえ、世の為にこの力を使いたいのです。

父上と母上がそうだった様に……｣

ハクマ ｢ユキ……｣

ユキ ｢兄様、私では役に立たないのでしょうか？｣

ハクマ ｢……いや、そんな事は無いさ。

きっと母上の様に強く美しい術者になれるさ｣

ユキ ｢兄様の力になれるでしょうか！｣

ハクマ ｢ああ、なれるさ。

だが、その前に体をよくしないとな｣

ユキ ｢はい｣

そう言って横になるユキ。

ハクマは彼女の枕元に座る。

ユキ ｢……あの、少し我侭を言っていいでしょうか？｣

ハクマ ｢なんだ？　何でも言ってくれ｣

ユキ ｢その、眠るまでお側にいて下さい｣

ハクマ ｢ああ、わかった｣

ユキ ｢兄様、ありがとうございます｣

すぐに眠りにつくユキ。

ハクマ ｢無理もないか。

狐に憑かれ日々消耗しているのだ。

本当は起き上がる事も辛いだろうに……｣

静かに眠るユキを見守るハクマ。

ハクマ ｢ユキ……、

絶対に助けてやるからな。

父上と母上の様にはしない……絶対に！｣

九尾 ｢ふふふ、勇ましい事よ。

さすが奴らの息子と言ったところか｣

九尾はいつの間にかユキの体を支配していた。

ゆっくりと起き上がる九尾。

ハクマ ｢なっ！？　まさか封印が解けたのか！｣

九尾から離れるハクマ。

そして腰の剣に手をかける。

九尾 ｢落ち着け、まだ完全に封印は解けておらんよ。

そのせいで‥ほら、

力は弱いし、術も使えぬ｣

そう言ってハクマを弱々しく抱きしめる。

ハクマ ｢封印が解けかかって、

意識だけが漏れ出しているのか……｣

九尾 ｢そうじゃ。

今のわらわはとても弱い。

多少の力があれば、誰でもくびり殺せる程にな。

ふふふ……｣

ハクマ ｢ふざけるな！

例え殺せても‥、その体はユキの体だ。

傷つける訳にはいかん｣

九尾 ｢だろうな。

ふふ、美しき兄妹愛。

だが、そのせいでわらわを倒せぬ。

まったくもって不憫じゃな？｣

ハクマ ｢くっ‥！

だから！　お前を封じようとしているんだ！

この刀に！｣

そう言って剣を抜くハクマ。

それを見て表情を曇らせる九尾。

九尾 ｢……ほう、百魂の術か？｣

ハクマ ｢ふん、長生きしているだけあって、

この封印術を知っているか｣

九尾 ｢もちろんじゃ。

……しかし、封印術か。

お主、この術を本当に理解しておるのか？｣

ハクマ ｢ん？　何の事だ？｣

九尾 ｢まぁ、いい。

それもまた一興か｣

ハクマ ｢だから一体何の事だ！｣

九尾 ｢ふふ、それはその術の使い手に聞け。

では……｣

ハクマ ｢ユキ！｣

そう言うと力なく倒れる九尾。

その体をハクマは支える。

ハクマ ｢やはり、この術は危険なのか？

それとも……。

ええい！　いまさら考えてもしょうがない！

今はこの術に賭けるしかなんだ｣

●山中

山中で儀式を行っている妖怪長。

妖怪長 ｢エラニ ニサカヤ イオ ロン エンオ……(何度か繰り返し)｣

そこに妖怪小物がやってくる。

妖怪小物 ｢長！　大変だ！｣

妖怪長 ｢何事じゃ、騒々しい‥｣

妖怪小物 ｢それが、強妖怪が何人か引き連れて例の剣士の元に……｣

妖怪長 ｢何じゃと！？　あやつ、早まりおって……｣

妖怪小物 ｢長、どうすれば？｣

妖怪長 ｢かまわん、放っておけ｣

妖怪小物 ｢え？　放っておけって‥｣

妖怪長 ｢自分の意思でやった事だ。

剣士に殺されようと自業自得。

それはヤツも解っておろう｣

妖怪小物 ｢長がそう言うなら……｣

そう言い下がる妖怪小物。

妖怪長 ｢……ふむ、ヤツが剣士を殺せばそれで良し。

殺せぬならば‥この呪いの出番じゃな｣

●ハクマの屋敷

屋敷から出てくるハクマ。

それを見送る爺。

ハクマ ｢では、爺よ、ユキの事を頼んだぞ｣

爺 ｢はい、ご安心してお勤めを果たしてください｣

歩き出したハクマ。

ふと立ち止まり爺の方に振り向く。

ハクマ ｢爺よ、ヤツを‥ヒスイを見張っておいてくれないか｣

爺 ｢ヒスイ殿を？｣

ハクマ ｢この術は、

ただの封印の術じゃないかもしれん｣

爺 ｢まさか？

ヒスイ殿は母君の一番弟子なのですよ？

何か企むなど……｣

ハクマ ｢少し気になることがあってな。

‥もう出る｣

爺 ｢はい、行ってらっしゃいませ｣

歩き去るハクマ。

それを見送る爺。

●ヒスイの部屋

術を唱えているヒスイ。

ヒスイ ｢はぁ！

……やはり、これ以上は無理か｣

そう呟き、部屋から出るヒスイ。

空を見上げながら。

ヒスイ ｢師匠の封印を持続させるのはもはや不可能か。

あとは、ハクマ殿が魂を集められるかどうか、

それにかかっている。

ここまで来て他人任せとは‥、もどかしいものだ｣

ヒスイの側に歩み寄るユキ。

ユキ ｢ヒスイ様｣

ヒスイ ｢おやおや、妹君。

お一人でどうしました？｣

ユキ ｢あの、ヒスイ様は母上から、

多くの術やまじないを教わったと聞きました｣

ヒスイ ｢ええ、アナタの母君はとてもすばらしい術者でした。

私は今でもあの方を尊敬しておりますよ｣

ユキ ｢でしたら！　その‥、人を守るまじないを、

私に教えてくれないでしょうか？｣

ヒスイ ｢人を守るまじない‥ですか｣

ユキ ｢はい｣

ヒスイ ｢……なるほど、

ハクマ殿の為にですか｣

ユキ ｢え！　その‥｣

恥ずかしがり顔を伏せるユキ。

ヒスイ ｢はは、恥ずかしがらずとも良いでしょう？

何せたった二人きりの兄妹。

互いに大切に思うのは当然の事では？

まぁ、いいでしょう。

守る為のまじない、教えてあげますよ｣

ユキ ｢ありがとうございます！｣

ヒスイ ｢まず、この小刀をお持ちください｣

懐から小刀を出し、ユキに持たせるヒスイ。

ユキ ｢これをですか？｣

ヒスイ ｢そう、そして、それを胸に当て、

夜明けと昼間と日没の日に三度、

守りたい者を思い浮かべてください｣

ユキ ｢‥それだけで良いのですか？｣

ヒスイ ｢ええ、簡単に見えますが、

効果はありますよ｣

ユキ ｢ヒスイ様、ありがとうございます！｣

小刀を抱きしめ、

自分の部屋に歩いていくユキ。

それを見送るヒスイ。

ヒスイ ｢ハクマ殿が間に合わぬ場合の保険として、

あの娘を、生贄に使う事も考えねばな。

フフフ……｣

笑うヒスイ。

ふと、何かに気付く。

ヒスイ ｢おや？　これは物騒な来客だな。

少しの間、隠れた方が賢明かな｣

どこかに歩いていくヒスイ。

●ハクマの屋敷の近く　夜

夜の屋敷。

そこに近づく妖怪の影。

部下１ ｢頭、どうやら剣士はいないようだ｣

部下２ ｢いるのはじじいと小娘……だけか｣

強妖怪 ｢ちっ！　やつを殺せると思っていたのだが……。

まぁいい、とりあえずはヤツへの報復だ。

まずはここにいる連中を皆殺しだ｣

部下達 ｢おう！｣

妖怪達はズンズンと屋敷に向かって進んでいく。

●ユキの部屋　夜

眠っているユキ。

そこに帯刀した爺が駆け込む。

爺 ｢ユキ様！｣

ユキ ｢……ん、爺、どうしたの？｣

爺 ｢妖怪が‥、それも数匹も屋敷に近づいて来ております！｣

ユキ ｢そんな！？｣

爺 ｢今この屋敷には若様は居りません。

ヒスイ殿も何処かに……。

ですから、この爺めが足止めします。

ユキ様は早くお逃げください｣

ユキ ｢爺！　あなた一人置いていけない！

あなたに何かあれば、

私も……兄様だって！｣

爺 ｢ありがとうございます。

そのお言葉だけで十二分でございます｣

そう言い、入り口に向かう爺。

ユキ ｢爺！｣

爺 ｢ユキ様、御達者で！｣

駆け出す爺。

●屋敷の入り口　夜

ぞろぞろと集まる妖怪。

一匹が扉に手をかけると、

扉が蹴破られ一緒に妖怪が蹴飛ばされる。

爺 ｢この妖怪共め！

ここをハクマ様の屋敷と知っての狼藉か！｣

部下１ ｢てめ！　このじじい！｣

部下２ ｢糞忌々しい じじいだ！

その枯れ木みたいな両手足をへし折ってやる！｣

そう言い、部下の１と２が飛び掛る。

爺はすれ違い様に二匹を切り伏せる。

二匹は力無く呻きその場に倒れる。

部下３ ｢このじじい‥、かなりやるぞ！｣

部下４ ｢おい、どうする？｣

強妖怪 ｢貴様らは下がってろ｣

部下達を下がらせ、爺の前に出る強妖怪。

強妖怪 ｢おい、じじい。

破邪の剣士はどこに行った？｣

爺 ｢貴様らに教える義理は無い！

そして、死にたくなければ、ここから去れ！｣

強妖怪 ｢そうか、ならば仕方ない。

最初の予定通り、

貴様と屋敷の奥にいる小娘を血祭りに上げるまでだ！｣

爺 ｢貴様！｣

強妖怪に切りかかる爺。

しかし、その剣は軽く弾かれてしまう。

爺 ｢なんと！？｣

強妖怪 ｢ふん！｣

強妖怪に首を捕まれる爺。

ギリギリと首を絞められ、苦しむ爺。

強妖怪 ｢どうした？　さっきまでの勢いは？｣

爺 ｢ぐぅ‥、ユキ様には‥指一本触れさせんぞ！｣

強妖怪 ｢ふん、すぐにその小娘と、剣士を送ってやる｣

ユキ ｢やめなさい！｣

その場にやってきたユキ。

ユキの声に動きを止める妖怪達。

爺 ｢ユキ様！　何故お逃げに(ならなかったのですか)……｣

強妖怪 ｢ほう、探す手間が省けたな。

おい、あれはお前たちがやれ｣

爺の首を掴みながら、

部下に指示を出す強妖怪

部下３ ｢へへ、こいつなら簡単にやれるな｣

部下４ ｢大人しく俺らの腹に収まるんだなぁ｣

ユキに手を伸ばす部下達。

それを持っていた小刀で切り払う。

部下３ ｢いてぇ！｣

部下４ ｢てめぇ！　よくもやりやがったな！｣

ユキを殴り飛ばす部下４。

ユキはそのまま気を失う。

そのユキに近寄る部下達。

爺 ｢やめろぉ……、ユキ様に触るなぁ！｣

強妖怪 ｢じじい！　お前は黙ってろ！｣

鋭い爪でなぎ払う強妖怪。

爺はその場に力なく倒れる。

部下３ ｢さて、まずはそのはらわたを頂くかな｣

そう言い手をかけようとする部下３を掴むユキ。

ユキは九尾と入れ替わり、ゆっくりと起き上がる。

部下３ ｢な、何をしやがる！｣

九尾は無言で部下３を殺す。

部下３は短い悲鳴を上げて、その場に倒れる。

強妖怪と部下達はその様子を見て、

呆気にとられている。

九尾 ｢貴様らはなんじゃ？

わらわの楽しみの邪魔をして……、

まったくもって、無粋な奴らじゃ｣

そう言いながら、ゆっくりと強妖怪に近づいていく九尾。

強妖怪 ｢お、おまえら！

その小娘をさっさと始末しろ！｣

部下達 ｢おう！　うわぁぁぁ！｣

声を上げて九尾に切りかかる部下達。

しかし、九尾は虫を払う様に部下達を殺していく。

やがて、部下は誰もいなくなる。

強妖怪 ｢お前は何なんだ！？｣

九尾 ｢名か？　そんなものは持っておらん。

まぁ、人からは『白面金毛九尾』などと呼ばれておる。

呼びたければそう呼べば良い｣

強妖怪 ｢きゅ、九尾の狐だと！

あの大妖怪の……｣

強妖怪の前に立つ九尾。

九尾 ｢その通りじゃ。

わらわは九尾の狐じゃ｣

掴もうとする九尾の手を避ける強妖怪。

そのまま、悲鳴を上げて逃げようとする。

九尾 ｢これこれ、逃げるでない。

もう少し、わらわを楽しませろ……｣

見えない力で動けなくなった強妖怪。

強妖怪に近づく九尾。

強妖怪 ｢助けてくれー！　誰か！　誰かぁー！｣

九尾 ｢フフフ、いらん力を使わせたのだ。

その代償、お主の命で払って貰うぞ？｣

場面暗転。強妖怪の断末魔の叫びがこだます。

●山の中

無数の妖怪と戦うハクマ。

最後の一匹を切り伏せる。

ハクマ ｢これで九十九匹。

あと一匹。

だが、ここらの妖怪は斬りつくしたか……｣

刀を納めるハクマ。

そこに妖怪長がやってくる。

ハクマ ｢妖怪！　まだいたか！｣

刀に手をかけるハクマ。

妖怪長 ｢落ち着きたまえ、破邪の剣士殿。

わしを斬る前に、少々話をしてもらえんか？｣

ハクマ ｢話だと？｣

妖怪長 ｢そう、話だ｣

それを聞き、少し力を抜くハクマ。

妖怪長 ｢君は何故、執拗に妖怪の命を狙う？

破邪の剣士と言え、

妖怪の命を無為に奪って良いのではないだろう？｣

ハクマ ｢確かにそうだ。だが‥｣

妖怪長 ｢やはり理由があるか？｣

ハクマ ｢狐を、『白面金毛九尾』を完全に封じる為だ｣

妖怪長 ｢その為に妖怪を斬っていたと？｣

ハクマ ｢ああ、この刀に百の妖怪の魂を集める事。

そうする事で九尾を強く封じる事が……｣

妖怪長 ｢ん？　百の魂で封印だと？

そんな封印術、聞いたことは無いな。

……いや、一つあったな。

禁術として封じられたものが｣

ハクマ ｢禁術？｣

妖怪長 ｢封じた妖怪の力を、

己が意のままに操る為の封印術。

陰陽師達が悪しき術とし禁じた。

その名も『百魂の術』｣

ハクマ ｢妖怪の‥力を操る？

それじゃ、ヤツの狙いは……｣

妖怪長 ｢ふむ、どうやら、何者かに騙されていた様じゃな。

大方、そやつの狙いは、狐の力じゃろう。

ヤツの力は国すら滅ぼせるからな｣

ハクマ ｢そんな‥、俺はなんて事を‥！｣

妖怪長 ｢なんとも哀れな。

しかし、我らを手にかけた報いは受けてもらうぞ｣

そう言って、妖怪長は小刀を取り出し、

それを自分の胸に突き刺す。

妖怪長 ｢ぐふっ！｣

ハクマ ｢貴様！　一体何を……｣

妖怪長 ｢お前にやる報いだ。

自らの手にかけた者共と同じ存在になるがよい｣

そう言って、自らの血をハクマにかける妖怪長。

妖怪長はそのまま力なく倒れる。

ハクマ ｢何をしたんだ？　何が起きるんだ？｣

妖怪長 ｢くっくっく、それは呪いじゃ｣

ハクマ ｢呪い？｣

妖怪長 ｢そうだ、呪いじゃ。

だが、死に至るものではない。

人の身と魂を、妖怪へと変えていく呪いじゃ｣

ハクマ ｢俺が、妖怪に……｣

妖怪長 ｢だが、呪いを解く方法はある｣

ハクマ ｢何？　解けるのか！｣

妖怪長 ｢人の魂を百ほど捧げれば、

元の姿に戻ることができる。

簡単じゃろう？｣

ハクマ ｢な！　ふざけるな！

自分の為に他人に手をかけるなど……｣

妖怪長 ｢ほう、ならば、

自分の為に妖怪を殺すことは良いのか？｣

ハクマ ｢そ、それは……｣

妖怪長 ｢ふふふ、我らと同じ妖怪となり、

お前が手にかけた百近くの妖怪。

その者達に償い続けるのじゃ。

同じ数の人の魂を捧げてな｣

その場から離れる妖怪長。

途中で足を止め振り返り。

妖怪長 ｢……ああ、それともう一つ。

この山で強い妖怪数匹が、貴様の屋敷に向かった。

早く帰らんと、大切な家族がいなくなるぞ？｣

ハクマ ｢なんだと！

こうしてはおれん！｣

それを聞いたハクマは急いで走り出す。

それを見送りながら笑う妖怪長。

妖怪長 ｢くっくっく、

どの道、貴様はもう戻れん。

大切な家族のいる人の世にはな。

はーっはっはっは！｣

妖怪長の笑い声が続き、段々と消えていく。

●ハクマの屋敷　夜

静かなハクマの屋敷。

駆けつけるハクマ。

屋敷の側に深手を負った爺。

ハクマ ｢爺！｣

爺 ｢若様‥、申し訳ございません。

屋敷も、ユキ様も……｣

ハクマ ｢ユキ‥、ユキはどこに！｣

爺 ｢狐が目覚め、襲ってきた妖怪を全て葬って……｣

ハクマ ｢狐が目覚めた？

まだ封印には余裕があるはずじゃ‥？｣

ヒスイ ｢どうやら、

ヤツはその気になれば自由に力を振るえる様だな。

それを隠して、我々の目測を誤らせるとはね。

まさに『狐に化かされる』とはこの事か｣

二人の側にふらりと現れるヒスイ。

ハクマ ｢ヒスイ！　貴様どこに行っていた！｣

ヒスイ ｢いやいや、妖怪が近づいてるのを感じてね｣

ハクマ ｢な、何故その時にユキと爺を助けなかった！｣

ヒスイ ｢ふふ、私には彼らを助ける義理は無いさ。

それと……、ハァ！｣

ハクマ ｢ぐぁ！　体が‥動かない！｣

ヒスイの術で身動きが取れなくなるハクマ。

ヒスイ ｢君の役目は終わりだ。

九十九匹の魂の詰まった刀、

大人しく渡してもらおうか？｣

ハクマ ｢やはり、お前の目的は狐を封じる事じゃないのだな！

狐の力‥、それを手にする事が目的か！｣

ヒスイ ｢はは、その通り、

この術を使って狐の力を手にいれ、

国を私の手に治める。

それこそが私の望みだ！」

ハクマ ｢くっ、だが、残念だな。

お前の言っていた術に使う魂は百。

この刀に収まっている九十九では足りていない。

禁術は完成しまい！｣

ヒスイ ｢ふふ、その程度の不足は簡単に補えられるさ｣

ハクマ ｢何？　どういう事だ！｣

ヒスイ ｢魂が足りない場合は、

君の妹君を生贄に捧げ補う事ができるのさ。

君の妹は、師匠の娘だけあって、

大きな力を持っている。

足りぬ分を十二分に補ってくれる｣

ハクマ ｢この‥外道めが！｣

ヒスイ ｢フフフ、何とでも言うが良い、

私は、君と君の妹を利用し、

この国を手に入れる！

さぁ！　その刀をよこせ！｣

一気に詰め寄るヒスイ。

爺がその間に入り、

持っていた小刀でヒスイを刺す。

ヒスイ ｢がっ！？　ぐふ‥、

この死にぞこないの老いぼれが……｣

倒れるヒスイと爺。

動けるようになったハクマは、

爺を抱き起こす。

ハクマ ｢爺！　大丈夫か！？｣

爺 ｢わたしは大丈夫です。

それよりも、ユキ様を……｣

ハクマ ｢わかった｣

立ち上がり、ユキの下に行こうとするハクマ。

が、途中で立ち止まり。

ハクマ ｢‥爺、狐を封印した後、

この刀を頼む｣

爺 ｢若様、それはどういう事ですか！

若様！｣

爺の呼び止める声を振り払い。

屋敷に入っていくハクマ。

●ハクマの屋敷　中

屋敷の中で舞っている九尾。

そこに駆けつけるハクマ。

九尾 ｢おお、剣士よ。

やっと帰ってきたか｣

ハクマ ｢狐よ、何故ここから出て行かなかった。

今のお前ならユキを完全に乗っ取って、

十二分に力を振るえる筈だ｣

九尾 ｢なに、ちょっとした暇潰しじゃ。

お前が妖怪の呪いを受けてどうするか、

お前があの陰陽師にどうするか、

ずっと見ておったぞ｣

ハクマ ｢覗き見か｣

九尾 ｢ふふ、中々面白かったぞ？

‥さて、これからお前はどうする？

わらわから逃げるか？

それとも妹を生贄にして封じるか？｣

ハクマ ｢狐よ、ユキを返してもらうぞ｣

九尾 ｢ふふふ、どうやってじゃ？

その刀には九十九の魂しかないだろう？

それでは封印はできぬぞ？

この娘を生贄にしない限り……｣

ハクマ ｢魂なら‥、ここにある！｣

そう叫び、ハクマは刀を自分の腹に刺す。

九尾 ｢まさか！　妖怪になりかけた自分を！？｣

ハクマ ｢ぐふっ、さぁ！　刀よ！

狐を‥封じよ！｣

天にかざした刀から光が溢れ、

ユキの体から九尾の魂を引き離し、

刀に封じる。

ハクマ ｢これで良い、これで……｣

倒れるハクマ。

九尾刀 ｢……まさか、自らの命を投げ出すとはな。

実に面白かったぞ。

この封印は甘んじて受けよう。

わらわを楽しませた礼じゃ。

ふっふっふ……｣

目覚めるユキ。

ユキ ｢う‥ん、ここは？

私は確か爺を助けようと……｣

倒れるハクマを見つけるユキ。

ユキ ｢……兄様？　兄様｣

よろよろと近づくユキ。

ユキ ｢兄様、どうしたのです？

兄様‥、これは血？｣

ハクマが息絶えている事を知るユキ。

ユキ ｢兄様！　兄様！

いやぁ！　目を開けて兄様！

私を置いていかないで！

兄様！｣

我を忘れ、必死にハクマに呼びかけるユキ。

しかし、ハクマは何の反応も返さない。

ユキ ｢兄様ぁー！｣

九尾刀 ｢おや？　うるさいと思ったら、

目覚めたのか｣

ユキ ｢誰！？｣

ユキの声に反応して、

刀に封じられた九尾が話しかける。

九尾刀 ｢わらわか？

そうじゃな……、

望みを叶える刀とでも言っておこうかの｣

ユキ ｢望みを叶える……、

なら！　兄様を助けて！｣

九尾刀 ｢ほう、この男を救いたいか？｣

ユキ ｢救いたい！｣

九尾刀 ｢ならば、百の人の魂を集めるがよい。

さすれば、反魂の術で蘇らせてやろう｣

ユキ ｢百人の魂……｣

九尾刀 ｢何、簡単な事だ。

わらわで人を斬り殺せば良いのじゃ。

その為の力は、わらわが貸してやろう。

わらわの力があれば、

都とて一晩で地獄と変わろう｣

ユキ ｢人を‥斬る｣

九尾刀 ｢ふふ、無理であろうな。

何せ、お前は人を守る者の家系。

守るものに手をかけるなど……｣

ユキ ｢……いいわ｣

九尾刀 ｢何じゃと？｣

ユキ ｢百の人の命より、私は兄様の命が大事！

兄様の為ならば……、人の世を終わらせても構わない！｣

そう言い、九尾刀を手にするユキ。

その時、小刀がユキの手から地面に落ちる。

九尾刀 ｢ふふふ、面白い。

お前達は本当に面白い人間じゃ。

これでまたしばらく退屈しないで済むな｣

暗闇の中、九尾の笑いがこだまする。

百の御魂 完