現在はまだ夏休みだ。学生なら、バイトをしていない限り暇を持て余す時期でもある。  猛暑が続き、でかけようとさえ思えないのだが。  「いくらなんでも、暑すぎだろう・・・・・」 ラボのソファーにもたれかかった状態で俺はそう呟いた。  どうして夏場というのはこうも暑いのだろうか。  「あー、あっちぃお」  「まゆしぃも暑くてくたくたなのです」  屋内でも暑いとかなりつらい。  「こうも暑いとさすがにまいるわよね」  いきなり人の側に来たと思ったら、第一声がそれか。  「たまにはさー、こういうときにでかけるっていうのもいいよね」  もっともな意見だな。  「えーっ?でも、外は暑いよ?」  「だから、さ。涼しい場所に行けばいいんだって」  「さすが由季たん。名案なのだぜ」  「それだとお化け屋敷もあてはまりそうよね。私は、ああいうのって苦手なんだけど」 と、紅莉栖が少し嫌そうな顔をして言った。  「大丈夫だよー。オカリンも恐いのは苦手だから」  なんでそういう話になるんだ。  「何故それをここで言うんだ、まゆり」  「まゆ氏なりの気遣いだと思われ」 とダルにあきれて言われた。  「あとは、肝試しとかかなー?」  「私だったら、水族館とかに行きたいかなー」  肝試しはともかく、水族館なら金がかかるな。  「あ、忘れてたー。ねえねえ、クリスちゃん。あのね、ちょっとこっちに来てくれないかなー?」  何を忘れていたのだろうか?  「何?まゆり?」  「さっそく、これを見て欲しいのです」 そう言ってまゆりは鞄から取り出したものを紅莉栖に見せている。  「これって布よね?綺麗だけど、この布ってどうしたの?」  「えっへへー。これはねー、クリスちゃん。まゆしぃが友達から貰ったものなのです。クリスちゃんに絶対に似合うだろうなーって思って」  布の柄はこちらからだと全く見えないのだが。  「でも、布だけ貰っても・・・」  「心配ないよー?まゆしぃが作ってあげるのです」  「作るって、何を?」  「浴衣だよー。クリスちゃん、持ってないでしょ?買うとね、高いんだよー?」  「た、確かにそうだけど・・・」  「着付けなら、フェリスちゃんがしてくれるから大丈夫だよ?」  確かにフェイリスなら着付けぐらいはできそうだな。  「いや、そうじゃなくて・・・・・。まゆり、今から測るの?」  「そうだよー?あ、洗面所のほうがしやすいかなー?」  「ちょ、まゆり?」  まゆりに背中を押されるようにして紅莉栖の姿が見えなくなった。  「なんだか百合っぽいよねー」  「それには同意するお」  「・・・・・わからんでもないが、自重しろ」  本当はHENTAI自重しろ、と言いたいところだ。  「うん、もういいよー」  どうやら、測り終わったらしい。  「は、恥ずかしかった・・・・・」  「ちょっと、大丈夫?」  「ええ。ありがとう、由季さん。大丈夫だから」  「で、まゆ氏。浴衣って、どれぐらい時間かかるん?」  「うーんとね、ものにもよるけど数日でできると思うよ?」  「思ったよりもはやいな」  「そうかなー?時間さえあればできるし、そんなものだと思うよー?」  個人差というものがあるので、そういうものでもないような気がする。  「まゆ氏の裁縫スキルは異常だお」  「あはは、私も裁縫に関しては敵わないかもね」  「由季さんだって、上手だよ?」  「私もそう思うけど?」  「そ、そうかな?」  「たまには夏らしいことをしたいかな」 と、紅莉栖が誰に言うのでもなく呟いた。  夏らしいこと、か。紅莉栖らしいな。  「それなら、花火大会にでも行くか?」  息抜きにもなるだろう。  「えっ?でも・・・」  「『夏らしいことをしたい』と言ったのはお前だろうが」 と俺は紅莉栖に言い返した。  「そ、それは、そうだけど」  「なら、遠慮するな」  「丁度いいんじゃね?」  「時期的に花火大会もあるしね」  そういえば、萌郁も予定があると言っていたな。  「浴衣はまゆしぃが作るから、クリスちゃんは心配しなくていいのです」  「てか、オカリンの浴衣はどうするん?」  「家に親のがあるんじゃない?」  「納得したお」  勝手に納得された。  「他に必要なものは、フェリスちゃんから借りればいいんじゃないかな?」  そうこうしているうちに、花火大会当日を迎えた。  俺は親の浴衣が家にあったのでそれを借りた。  色は黒。それぐらいしかなかったのだから、しかたないだろう。  たまには、こういうのもいいかもしれないな。 そう考えていると向こう側からこちらへと紅莉栖が歩いてくるのが見えた。  「えっと、どうかな・・・これ?」  「いいんじゃないか?その・・・似合ってるぞ」  「そっか。よかった」  今日、紅莉栖が着ているのはまゆりが手作りした浴衣だ。  紺色の布に青い蝶が飛んでいる。  なんだか幻想的だ。  「お、岡部も似合ってるんじゃない?その格好」  「そ、そうか?」  少し、照れくさい。  「ほら、行くぞ。助手」  「だから、私は助手じゃないと―――。全く。しかたないわね」 そういい合いながらも手をつないで人ごみの中を歩く。  時間が近づくにつれて周囲の人の数も徐々に増えていく。  二人ぐらい人が座っていられるほどの場所を見つけてそこで花火を見ることにした。  「ねえ、あそことかいいんじゃない?」  「ああ、そうだな」 そう言ってから隣り合って座る。  「一つ、聞いてもいい?」  「なんだ?」  「どうして花火大会に誘ったの?岡部だったら、そういうのはなるべく避けそうなのに」  「どうしてもなにも・・・。先月の下旬は忙しくてお前の誕生日を祝ってやれなかったからな。それも兼ねて誘っただけだ」  別に他意などないからなっ。  「じゃあ、まゆりが私に浴衣を作ってくれたのって・・・」  「たぶん、まゆりなりに考えたんだろう。他のラボメンからは・・・まあ、そのうちにわかるだろうな」  「浴衣って動き難いけど、たまにはいいかもしれないわね」 と、嬉しそうに言った。  「そうか」  「岡部に逢っていなかったら、こうして花火を見ることもなかったかもしれないし」  「それを言うなら、こうして話をするようなこともなかっただろうな」 俺はそう言って苦笑した。  「誕生日って、好きじゃないのよ。いいことよりも悪いことのほうが印象に残ってしまったから」  寂しいような、つらいような。そんな感じの表情なのは、昔のことを思い出したからだろうか。  「いい思い出が少ないなら増やせばいい。―――違うか?」  「その通りよ」  「期待しておけ」  少しは、気が楽になっただろうか?  「ねえ、岡部」  「どうした、助手」  「祝ってもらうのって照れくさいんだけど、それ以上に嬉しいことよね」 そう言った紅莉栖の表情は優しげで、微笑んでいた。