ツンデレなんて呼ばないで <べ、別にアンタのことなんて好きじゃないんだからね!勘違いしないでよね!> 悠馬「……」 颯太「あ、お前また変なテレビ見てる」 夜中。風呂から上がると、悠馬はまたいつものごとくテレビに夢中になっていた。 この間は謎の通販番組。今日は何やら派手な色をした髪の女の子がいっぱい出てるテレビだ。 濡れ髪にタオルをかけただけで乾かそうともせずに、画面を食い入るように見ている。 悠馬「意外と面白いんだって、これ。女の子、みんな胸大きいし」 颯太「見所はそこかよ」 悠馬「でもなぁ……」 颯太「何」 悠馬「これ、好きって言ってるの?嫌いって言ってるの?」 冷やしたペットボトルを冷蔵庫から出して、口をつける。 飲みながら悠馬の傍へ行けば、ちょうだいと無言でねだられた。 ボトルを渡してやって、ベッドに座る。 テレビを見れば、先程の美少女が主人公らしき男を蹴っていた。 ある意味でバイオレンスな描写だけど―…。 颯太「まあ、なあ……これ、ツンデレって奴じゃないの」 悠馬「ツンドラ?」 颯太「ツンデレ。人前だとツンツンするけど、二人きりになるとデレデレするとか言うヤツだろ」 颯太「なんか、流行ってるって聞いた。素直じゃないのがいいんだって」 悠馬「ふーん……じゃあ、この子はこいつが好きなの?」 颯太「そうじゃねえか。知らねえけど」 悠馬「不思議だな。はっきり好きだって言えばいいのに!」 ボトルを飲み干して、悠馬は笑った。 何事にも明るく、あけすけなコイツからしてみればそうかもしれないけど。 颯太「口に出せないってこともあるだろ」 悠馬「ふぅん……」 悠馬はじっと画面を見ている。 いつもなら大体「もう寝る!」だの「ゲームしよう!ゲーム!」と声を大きくするんだが、今日は背を丸め、画面の前から動かない。 颯太「……そんなに面白いのか?」 悠馬「んー…」 颯太「先寝るぞ」 悠馬「んー…」 生返事。悠馬の目は未だは画面に釘付けだった。 颯太(……ったく) その子供みたいな横顔が実は、いや、かなり、好きなんて。言ってやらないけど。 どこか真剣みを帯びた瞳が、ちょっと。格好良かった。 <ふーんだ!> 見ているものは、まあ、アニメにしても。 颯太(やっぱ、カッコイイよな。コイツ) ――……と、そのときは思ったのだが。 悠馬「颯太はツンデレだったんだな!」 颯太「は?」 アニメも終わり、もう寝ようと明りを消したそこへ。 いきなり飛んで来た言葉に振り向けば、薄闇の中に悠馬がいた。 いつのまに近づいてきたのか。 あっという間に布団に潜り込んできたかと思うと、問答無用に抱き締めてくる。 颯太「ど、どうしてそんな話に……ん!」 熱い腕から逃げようとした瞬間、首筋に唇を落とされて変な声が出た。 少しだけ荒い、悠馬の呼吸が肌をくすぐる。 くすぐったい。恥ずかしい。暴れるが、体格差のせいか敵わない。 ぎゅうぎゅう抱き締められて、痛いぐらいだ。 颯太「お、おい!」 呼びかけるが、悠馬は手を緩める気配もなく、ますますの笑顔で 悠馬「だって、こうしたらいつも嫌がるじゃないか」 首筋を啄んでくる。同時に、大きな手が寝間着の胸元に滑り込んだ。 温かい、子供のような体温に肌がますます震える。 悠馬「最後には喜んでくれるのに。いつも止めろ止めろって。……それは好きの裏返しだったんだな!やっと分かったぞ!」 颯太「ち、ちが」 何でそうなる。 思わずツッコみそうになったが、ぐえ、と潰れた声が出るくらいに抱き締められて息が詰まった。 嫌だ、というのは本心だ。別に、悠馬が嫌いという訳じゃない。 ただの夢中で掻き抱かれた次の日は腰が痛いし、辛くなる。 だから出来る限り抵抗するんだが、最終的には絆されてしまう―…それだけの話で。 颯太「悠馬、おい……っ、く」 悠馬「ツンデレもいいと思うけど、俺は素直な颯太が好きだな」 颯太「なんだその台詞は!悪役か、おいっ、て、変なとこ触るな!待て、待てって!」 悠馬「なに。颯太?」 颯太「お、俺、ツンデレとかじゃねーし!!」 叫んだ瞬間、ぴたりと止まる手。 その隙に腕から抜け出すと俺は悠馬に向き直った。身を起こし、膝をつく。 薄明かりの中に見える悠馬の瞳はただひたすらに俺を見ていた。 逃げられたと思っているのか、眉を下げて寂しそうにも見える。 悠馬「ツンデレじゃない?なら颯太は、俺のこと嫌いなのか」 悠馬が手を伸ばしてくる。その手は、俺の手首を握った。 温かい、優しい手だ。 颯太「んなわけねーだろ」 悠馬「なら」 颯太「……嫌いじゃねえよ。でも」 悠馬「なら、好き?」 ゆっくり、悠馬が動いた。 肘をついて上体を起こすと、顔を近付けてくる。 手首を掴んでいた指が離れ、顎へと伸ばされた。触れる吐息。これでは離れた意味が全くない。 颯太「……んなことを言わせんな。一回しか言わねえって、前に言っただろ」 悠馬「また颯太の声で、聞きたいな」 無邪気な笑みを零し、悠馬は俺に顔を近づけた。そのまま、口付けてくる。 触れるだけのものから、徐々に深くして。誘うように。 悠馬「ん……ん」 颯太「ゆー……ん、ふ」 ちゅ、ちゅ、と濡れた音と衣擦れが静かな寝室に響く。 どれだけしても飽きたらないのか、悠馬はなかなか離そうとしない。 颯太「は、ぁ……む、ぅ」 技巧がある訳じゃない。 でも、悠馬の愛情に満ち溢れたキスに段々と蕩かされる。抵抗を取り上げられてしまう。 颯太(これだから、こいつは……っ、くそっ) 颯太「ゆー、ま……っ」 悠馬「ん……ぷは」 悠馬をとんとん叩く。 すると悠馬は唇を少し離した。 混ざりあった吐息の熱が体の芯をぞくぞくさせる。 電灯をつければ、きっと二人とも頬が赤いに違いない。 煩いぐらいに心臓が鳴って、夏でもないのに頬がひどく熱かった。 悠馬「……このままだと眠れなくなりそう」 誰も聞いていないのに、悠馬はこそこそと話す。 まるで、世界の誰にも聞かせたくないと言うかのように。 子供めいた独占欲に思わず苦笑した。 颯太「俺、目が冴えちまったんだけど」 悠馬「じゃあ、ずっとキスしてていい?……嫌がることは、しないから」 颯太「……好きにしろ」 ゆるゆる背中を撫でる手が、服の下へと滑り込まないことを頭の片隅で願いながら。 俺は今度こそ、自分の意志で悠馬に体を預けた。 颯太「三次元のツンデレは紛い物だってよ」 次の朝。食卓についた悠馬に俺はそう言った。 炊きたての白米に目を輝かせていた悠馬がきょとんとして俺を見る。 悠馬「偽物、ってこと?てか、いつそんなこと調べたの」 颯太「昨日。お前がテレビに夢中になってる時に知り合いに聞いたら、長いメールが来た」 颯太「『一概にそうとも言えませんが、線引きは必要です。現実と二次元は異なります、センパイ』だってよ」 悠馬「ふぅん」 颯太「現実であんな女の子がいたらイヤだろ」 悠馬「まぁ、いつも蹴られたら頭にくるかな。たまにはいいけど」 颯太「いいのかよ」 悠馬「うん、だって」 悠馬「俺は颯太だったら、何でもいいから」 颯太「なっ……!!」 思いがけない爆弾に、手が止まる。 俺の目の前では、悠馬が無邪気に笑っていた。 颯太(くそ……) 悠馬「じゃあ、いっただきまーす!」 人の気持ちも知らず、悠馬は笑顔同様の明るい声で手を合わせる。 その横顔は――やっぱり格好がよくて。 颯太「本当、敵わねえよな」 思わず、呟いていた。 悠馬「何が?」 颯太「別に。お前のことなんて好きじゃねーよ」 悠馬「は?えっ?嘘!」 慌てる顔が面白くて、俺も笑う。 そして手を合わせ、俺もまた朝食に手を付けた。